ここまで、私が実際に知っている時代
私が生きて、実感のある時代の経済について論じてきました
私の解釈や分析が間違っていたとしても
私に実感はありますから、私なりに自信のある論評です

私は、自分が生きた時代について論じるのは
自分の使命だと思っています

私は、経済評論家を、あまり信用していません
歴史家も、あまり信用していません
嘘をはっきり指摘できる場合もあります
明らかな間違いを指摘できる場合もあります
であれば、自分が自分の分かる範囲で論じ、書き残すのが
後世のためにも良いと思うのです

一人一人の人が、自分の真実を書き残すことで
歴史が血の通ったものになります
嘘や隠蔽がまかり通る歴史に、真実と人間性が吹き込まれるのです
経済学は、普通の人には縁遠い巨額のマネーの動きを扱うため
その時代を生きた普通の人と経済との関わりが見えません
私は、それが不満なのです

1980年から2000年にかけては、私の23歳から43歳の時代です
私には、特にこだわりのある時代です
私が社会人になり、ビジネスマンとして経済社会と対峙した時代だからです
私はサラリーマンになり、結婚し、独立して自営業者となり、父となりました
生きるために、経済に関心を持たざるを得ない立場でした
時代に翻弄されたというより、時代を生き抜いたという実感があります
その間、私は常に、時代状況と自分の立場を考えていたのです

21世紀もすでに20年が経過しました
21世紀の20年間についても、私なりに考えなければならないでしょう
しかし、それはまだ、歴史ではなく”現代”です
時代の出来事を”過去”として、”歴史”としてとらえるには
最低でも10年以上の時間が必要です
事件の意味が、まだ確定しないからです

やがて、21世紀について論じることもあるでしょう
それは、もう少し先になるような気がします
21世紀の最初の10年間についてなら
少しだけ分かってきた様な気がしています
それについては、近いうちに論じるかもしれません