映画「フォレストガンプ」が
私にとつて、忘れがたい映画なのは
私が、祖父について考えるきっかけになった映画だからです
私は、実は、祖父について、あまり知りませんでした
私が小学校に入った頃は、すでに70代の老人であったし
祖父は無口な人で、自分のことを、あまり話さなかったからです
私が祖父について、少し知るようになったのは
祖父が100歳を過ぎ、ミニコミ誌の取材や市長の訪問
大学医学部からのアンケート等が来るようになり
祖父へのインタビューに、私が立ち会う機会が増えたからです
たぶん、そんな頃に、映画「フォレストガンプ」を観たのです
映画館に行った記憶はありませんから、テレビで観たのだと思います
私は、その映画に不思議な印象を受けました
そして、なんとなく、その映画の意味するところが、祖父の人生を連想させたのです
フォレストガンプは知的障害者でしたが
体力が強く、軍隊には順応し、優秀な兵士でした
私の祖父も、小学校しか出ていませんが
体は丈夫で、軍隊にはよく順応し、優秀な兵士でした
そして、フォレストガンプが大統領に会ったように
祖父も、天皇陛下に会ったことがあるのです
祖父とフォレストガンプは似ていると思いました
容貌ではなく、性格というか、社会の中の位置づけというか
祖父には知的障害はありませんでしたが、似ていると思ったのです
フォレストガンプは、市役所の芝刈りのボランティアをしていました
祖父は、もう少し難しいボランティアをしていましたが
両者とも、金儲けや出世に無関心なところは共通していました
ただし、祖父は、老人会の会合の場では、市長であれ、県知事であれ
いかなる肩書きの者より上座に座ることを喜んでいました
威張ることの無い人でしたが”長幼の序”は当然のことと考えていたのでしょう
要するに、祖父は”昔の人”だったのです
本当は、優秀な兵士であったことも、自慢してもよかったはずです
ところが、戦後の風潮は、それを許しませんでした
祖父の沈黙は、本人の性格もさることながら
戦前と戦後の、日本社会の価値観の転換が大きな理由だったように思います
戦争中、祖父は教官として、連隊に呼ばれていたことがありました
話題がそのことに触れると、村の若者の名を何人かあげ
「皆、死んでしまった」
と語り、その瞬間、肩をがくっと落とし、寂しいそうな表情になりました
おそらく祖父は、村出身の若い兵士には、ことさら丁寧に
兵士としての技術を教えたことでしょう
「斥候の仕方も、俺が教えたんだが、レーダーというものができてな」
「皆、やられてしまった・・・」
そう、寂しそうに語った祖父は
自分が教えた時代遅れの技術のために
前途ある村の若者を死なせてしまったと考えているようでした
私にとつて、忘れがたい映画なのは
私が、祖父について考えるきっかけになった映画だからです
私は、実は、祖父について、あまり知りませんでした
私が小学校に入った頃は、すでに70代の老人であったし
祖父は無口な人で、自分のことを、あまり話さなかったからです
私が祖父について、少し知るようになったのは
祖父が100歳を過ぎ、ミニコミ誌の取材や市長の訪問
大学医学部からのアンケート等が来るようになり
祖父へのインタビューに、私が立ち会う機会が増えたからです
たぶん、そんな頃に、映画「フォレストガンプ」を観たのです
映画館に行った記憶はありませんから、テレビで観たのだと思います
私は、その映画に不思議な印象を受けました
そして、なんとなく、その映画の意味するところが、祖父の人生を連想させたのです
フォレストガンプは知的障害者でしたが
体力が強く、軍隊には順応し、優秀な兵士でした
私の祖父も、小学校しか出ていませんが
体は丈夫で、軍隊にはよく順応し、優秀な兵士でした
そして、フォレストガンプが大統領に会ったように
祖父も、天皇陛下に会ったことがあるのです
祖父とフォレストガンプは似ていると思いました
容貌ではなく、性格というか、社会の中の位置づけというか
祖父には知的障害はありませんでしたが、似ていると思ったのです
フォレストガンプは、市役所の芝刈りのボランティアをしていました
祖父は、もう少し難しいボランティアをしていましたが
両者とも、金儲けや出世に無関心なところは共通していました
ただし、祖父は、老人会の会合の場では、市長であれ、県知事であれ
いかなる肩書きの者より上座に座ることを喜んでいました
威張ることの無い人でしたが”長幼の序”は当然のことと考えていたのでしょう
要するに、祖父は”昔の人”だったのです
本当は、優秀な兵士であったことも、自慢してもよかったはずです
ところが、戦後の風潮は、それを許しませんでした
祖父の沈黙は、本人の性格もさることながら
戦前と戦後の、日本社会の価値観の転換が大きな理由だったように思います
戦争中、祖父は教官として、連隊に呼ばれていたことがありました
話題がそのことに触れると、村の若者の名を何人かあげ
「皆、死んでしまった」
と語り、その瞬間、肩をがくっと落とし、寂しいそうな表情になりました
おそらく祖父は、村出身の若い兵士には、ことさら丁寧に
兵士としての技術を教えたことでしょう
「斥候の仕方も、俺が教えたんだが、レーダーというものができてな」
「皆、やられてしまった・・・」
そう、寂しそうに語った祖父は
自分が教えた時代遅れの技術のために
前途ある村の若者を死なせてしまったと考えているようでした