今日は、父の満92歳の誕生日です
そして、70年前に朝鮮戦争が始まった日でもあります
「俺の誕生日に始めやがった」
父が、そう言ったのを憶えています
我が家では、父も、そして家族全員が、朝鮮人を差別しなかったので
高校生になるまで、私は、朝鮮人差別があることを知りませんでした
以前にも、このブログで書きましたが
父は、朝鮮人とは、日本人と変わりなく付き合っていました
私が今でも、忘れないのは
夕暮れの畑で、仕事の手を止めた父が、朝鮮人のオジサンと話していた姿です
富士山や丹沢がシルエットで見える夕暮れの空をバックに
二人の男が、立って話をしていたのです
私は、子供でしたから、大人達が何を話していたのか分かりません
子供が入り込めるような雰囲気ではありませんでした
私にとって衝撃的だったのは
朝鮮人のオジサンが、外国人であるにもかかわらず
近所の農家のオジサンや知り合いと変わらぬ雰囲気で
父と二人、話し続けていたことです
当時の日本人にとって、外国人とはアメリカ人でした
見た目も日本人とは違い、日本語で会話することなど無い相手でした
農村の少年にとって、外国人を直に見ることすら、まず、ありませんでした
その時の私は、朝鮮人が外国人であることは知っていたのです
そして、その人が外国人であることに気付いて、衝撃を受けたのです
日本人と変わらない・・・
朝鮮人のオジサンは、廃品回収業をしていて
私が小さい頃は、よく家に来ていました
特別に意識をすることも無かったのですが
あの時の私は、すでに朝鮮人が外国人であることを知っていて
しかし、私が考える外国人のイメージとは、まるで違っていたので
そのことに気付いて、私は衝撃を受けたわけです
当時の父と朝鮮人のオジサンは
仕事関係の付き合いは、ほとんど無かったはずです
二人は、夕日を見ながら話をしていました
西の空の遙か先の、朝鮮半島情勢を話していたのかもしれません・・・
朝鮮人を差別しなかった父は
朝鮮人を”世界最低民族”と言っていました
その理由を訊ねると
「同じ民族同士で争い、一つになることができないからだ」
・・・ということでした
おそらく、朝鮮人の知り合いから
祖国分断の悲しみを、いつも聞かされていたのでしょう
そして、70年前に朝鮮戦争が始まった日でもあります
「俺の誕生日に始めやがった」
父が、そう言ったのを憶えています
我が家では、父も、そして家族全員が、朝鮮人を差別しなかったので
高校生になるまで、私は、朝鮮人差別があることを知りませんでした
以前にも、このブログで書きましたが
父は、朝鮮人とは、日本人と変わりなく付き合っていました
私が今でも、忘れないのは
夕暮れの畑で、仕事の手を止めた父が、朝鮮人のオジサンと話していた姿です
富士山や丹沢がシルエットで見える夕暮れの空をバックに
二人の男が、立って話をしていたのです
私は、子供でしたから、大人達が何を話していたのか分かりません
子供が入り込めるような雰囲気ではありませんでした
私にとって衝撃的だったのは
朝鮮人のオジサンが、外国人であるにもかかわらず
近所の農家のオジサンや知り合いと変わらぬ雰囲気で
父と二人、話し続けていたことです
当時の日本人にとって、外国人とはアメリカ人でした
見た目も日本人とは違い、日本語で会話することなど無い相手でした
農村の少年にとって、外国人を直に見ることすら、まず、ありませんでした
その時の私は、朝鮮人が外国人であることは知っていたのです
そして、その人が外国人であることに気付いて、衝撃を受けたのです
日本人と変わらない・・・
朝鮮人のオジサンは、廃品回収業をしていて
私が小さい頃は、よく家に来ていました
特別に意識をすることも無かったのですが
あの時の私は、すでに朝鮮人が外国人であることを知っていて
しかし、私が考える外国人のイメージとは、まるで違っていたので
そのことに気付いて、私は衝撃を受けたわけです
当時の父と朝鮮人のオジサンは
仕事関係の付き合いは、ほとんど無かったはずです
二人は、夕日を見ながら話をしていました
西の空の遙か先の、朝鮮半島情勢を話していたのかもしれません・・・
朝鮮人を差別しなかった父は
朝鮮人を”世界最低民族”と言っていました
その理由を訊ねると
「同じ民族同士で争い、一つになることができないからだ」
・・・ということでした
おそらく、朝鮮人の知り合いから
祖国分断の悲しみを、いつも聞かされていたのでしょう