織田信長は「天下」を、いかなるものと考えていたか?
難しい話ではなく
領域として、どこまでを「天下」と考えていたか?・・・ということです

現在の学会の主流としては
織田信長の言う「天下」は、京都もしくはその周辺を指す
ということになっているらしいのです

この考え方は、私も以前から知っていました
雑誌に特集されていたからです
特に根拠も示さず、売れっ子の歴史小説家までが同調していました
それが学会の主流だからというだけで、喜んで従うのです
私は呆れてしまいました
こんな連中が書いているから、ろくでもない歴史小説が氾濫するのです
私は読みませんが・・・

歴史学者の本郷和人氏がこの考え方に異議を唱えています
彼は東大の権威ある先生ですから
それなりの根拠を示して反論しています
まあ、当然の反論です

信長は発想の壮大な男です
「天下」といえば、まず、日本全体を指していたはずです
さらに、イエズス会の宣教師達から世界地図や地球儀を見せられてからは
心の底では「天下」は地球全体を指すと考えていたはずです

この件は、私は以前にも、このブログで書いたことがあるような気がします
私にとって不思議なのは、こういうことを言い出す学者達の心理です
何が言いたいのか?・・・さっぱり分かりません

それにしても情けないのが
それに服従する歴史小説家達です
そんな虚弱な精神で、信長の心に迫れるでしょうか?

そんな連中が書く「歴史小説」でも売れているのですから
私は、それらを「ちょんまげサラリーマン小説」と呼んでいます
所詮、ちょんまげを付けたサラリーマン物語です
サラリーマン受けを狙った、歴史を舞台にした現代小説に過ぎません
そんなもので歴史を語ってほしくはないのですが・・・