志村けんさんが新型コロナウイルスでお亡くなりになりました
それが、人々の新型コロナウイルスへの恐怖や不安に結びつくなら
私は、そうしたとらえ方に賛成できません

志村けんさんの死因は

「慢性閉塞性肺疾患(COPD)か「胃癌」

とすべきです

COPDであった志村さんは、肺炎で亡くなる可能性が高かったのです
新型コロナウイルスとは関係無く・・・です
それに胃癌も患っていて、しかもかなり進行していたようです
亡くなる直前に手術を受けています

通常であれば

”最近胃癌の手術を受け、その後体調を崩し、帰らぬ人となった”

という表現となり
死因は胃癌ということになるのです

ここで、私は「死因」という言葉について考えてみたいのです
よく「心不全」という表現が死亡記事に出ていますが
これはふざけた表現です
人は心臓が動かなくなれば死にます
心不全は「死因」ではなく「死」そのものです

同じく「肺炎」も「死因」とするには不向きな言葉です

人は、死期が近付き生命力が衰えると、肺に抵抗力が無くなります
外気が直接触れる肺は、菌やウイルスの直撃を受けます
抵抗力が弱っていると、それらが肺の中で繁殖し、呼吸困難になるのです
高齢者が亡くなる時
その生命に最後のトドメを刺すのは肺炎であることが多いのです

「心肺機能の停止」や「脳機能の停止」は「死」そのものです
それを「死因」とするなら

「彼は死んだから死んだ」

という文章になり
まったく意味を持ちません
同じような言葉に「出血多量」があります
人は大量の出血があれば死にます
これまた「死んだから死んだ」と書くのと同じことなのです

「刃物で刺され出血多量で死んだ」という表現は
間違ってはいなくとも、正しい表現とは言えないのです
「刃物で刺されて死んだ」だけでよいのです
「死因」は「刃物で刺されたこと」であり「出血多量」ではありません

私がここまで書いても、わからない人はわかりません
「だって、間違いじゃないでしょう」と言うのです
ペーパーテストで〇だけをもらうことに執着してきた人は
「AはAである」という文章の無意味さが理解できません

そういえば、官僚答弁や官僚文章の中に
前のAと後のAを別の表現にしただけのものがあります
「死因は心不全」、「死因は肺炎」、「死因は出血多量」と書いて
疑問を持たない人が多いのも頷けます