最近、ある人と自由や平等という観念について話し合っています
ひょんなことから、そんなふうになってしまったのです
私は、久しぶりに自分の思想を再確認することになり
自分としては、良い機会であると思った次第です

さて、いきなり”平等”についてです
多くの人は”平等”を冨や収入の平等をと考えます
しかし、現実的に、これは不可能ですから
”平等”は”永遠の理想”に過ぎないことになってしまいます

私は、そうは考えません
私の考える”平等”は、どんな立場の人でも対等であり
公的な場所では、差別されず、対等に扱われる社会を意味します
そうなると、現在の日本は平等社会ですし、アメリカもそうでしょう

日本国の総理大臣は、ホームレスに対してさえ横柄な態度はとりません
場合によっては、ホームレスの方が横柄になるかもしれません
仮にそうであっても、ホームレスが懲罰をうけることはありません
ここに、ほぼ完全な”平等”が実現していると、私は考えます

ビル・ゲイツ氏はマイクロソフト日本法人の入るビルの掃除婦の女性を
パーティーに招いて話をしたと聞いたことがあります
たまたま、彼女の働きぶりが目にとまったらしいのです
彼がその女性に対し、横柄な態度をとらなかったことは容易に想像できます

日米ともに、人間は平等であり対等であるという共通認識があります
民間の組織の中の、地位も収入も両極端の場合でも、それは成り立つわけです
もはや、私達は究極の平等社会に到達しているのではないでしょうか?
それでも多くの人は収入の平等にこだわっているのです

そんなわけで、私の話を聞いても、ピントくる人は少数です

江戸時代には、庶民は殿様の顔を見ることすら許されませんでした
幕府直属の武士ですら、身分により
将軍の顔を見てよい者とそうでない者が分かれていたのです
私達が平等社会を手に入れたのは最近のことなのです

身分差別の解消はもとより
世界的に見れば、人種の平等が確立したのも最近のことです
今でも、差別の残滓は至る所にあります
そんなのが、今回のコロナウイルス騒ぎでも、ほの見えてきたりします