アインシュタインの旅行日記を読みました
1922年に日本に招待された時の日記です

アインシュタイン夫妻は10月6日にチューリッヒを発ち
10月7日、マルセイユから北野丸に乗船しました
10月8日マルセイユを出港し、スエズ運河を経て
シンガポールから香港へ向かう途中、ノーベル賞を受賞したのでした

11月17日、神戸着
ノーベル賞の受賞と合わせて来日したアインシュタインは
日本で、大歓迎を受けました
十数回の講演をこなしましたが、いずれも大盛況でした

東京、仙台、日光、京都、大阪、奈良、福岡、門司・・・
講演、社交、観光と、大変忙しい日々を過ごし
12月29日、門司から榛名丸に乗船し、離日しました

改造社の招聘で来日を決意したアインシュタインは
すでにノーベル賞受賞を予想されており
ヨーロッパに留まるようにアドバイスする人もあったようです
また、ドイツ社会に不穏な動きがあり
暗殺の危険があったため、それから逃れる意味もあったようです
しかし、一番の理由は、アインシュタイン自身の
日本に対する強い興味でした

日記を読むと
アインシュタインは、各地で
風景や出会った人を賞賛することはあっても
その国の文化や民族を全体的に賞賛することはありませんが
ただ一つの例外、それが日本及び日本人です
彼は、日本及び日本人を、非常に高く評価しています
日記だけで無く、息子への手紙にも書いています

・・・日本人のことをお父さんは
今まで知り合ったどの民族よりも気に入っています
物静かで、謙虚で、知的で、芸術的センスがあって
思いやりがあって、外見にとらわれず、責任感があるのです・・・

といった具合です

アインシュタインは、日本で、
土井晩翠や岡本一平と出会い、とても楽しい交友をしています
偶然ですが、私には岡本一平のささやかなコレクションがありますし
土井晩翠の色紙も持っています
アインシュタインとの御縁を感じて、嬉しいです

アインシュタインは、日本以外でも、各地で大歓迎されています
この頃、すでにパレスチナにはユダヤ人が入植していて
とても発展していることをアインシュタインは賞賛しています
ロシアから来たユダヤ人が
共産主義の村を作っていることも書かれています

アインシュタインは

「共産主義はいずれ消えるだろうが、村人の結束には役立っている」

・・・という、鋭い洞察をしています

また、スペインのバルセロナでも
アインシュタインは、講演や社交をしていますが
当時、すでに、カタルーニャ独立運動があったことが分かります

今から97年前の世界で
現在と同じ政治問題が、すでに存在していたのです