”公共の場に表現の自由は無い”
そんな当たり前のことが、分かっていない人々がいます
そもそも、公共の場で、公金を使って美術展を開くことが
表現の自由を犯しているのです
これは特定の表現や表現者への公権力による後援であり
それを受けられなかった人々に対する抑圧でもあるからです
私は、常々
「言論の自由と言論機関の自由は違う」
と主張しています
言論機関とされる組織を優遇することは
その組織に属さない人々を抑圧することなのです
公権力が、特定の言論を優遇することは
別の言論を抑圧することなのです
”言論の自由”とは、言論人に特権を与えないことなのです
共産主義国家の言論人は、すべて特権階級です
そこに”言論の自由”はありません
同じく”表現の自由”は、表現者(芸術家)に特権を与えないことなのです
皆さんは意外な感じを受けるかもしれません
その反対だと思っている人が多いのではないでしょうか?
共産主義国家では
国家から特権を与えられない限り、表現者にはなれません
公権力が表現者のパトロンになることは
共産主義国では当たり前のことですが
そこには”表現の自由”はありません
民主主義国家では、やるべきことではありません
そんな当たり前のことが、分かっていない人々がいます
そもそも、公共の場で、公金を使って美術展を開くことが
表現の自由を犯しているのです
これは特定の表現や表現者への公権力による後援であり
それを受けられなかった人々に対する抑圧でもあるからです
私は、常々
「言論の自由と言論機関の自由は違う」
と主張しています
言論機関とされる組織を優遇することは
その組織に属さない人々を抑圧することなのです
公権力が、特定の言論を優遇することは
別の言論を抑圧することなのです
”言論の自由”とは、言論人に特権を与えないことなのです
共産主義国家の言論人は、すべて特権階級です
そこに”言論の自由”はありません
同じく”表現の自由”は、表現者(芸術家)に特権を与えないことなのです
皆さんは意外な感じを受けるかもしれません
その反対だと思っている人が多いのではないでしょうか?
共産主義国家では
国家から特権を与えられない限り、表現者にはなれません
公権力が表現者のパトロンになることは
共産主義国では当たり前のことですが
そこには”表現の自由”はありません
民主主義国家では、やるべきことではありません