「財界」創刊65周年記念号に掲載されている
堺屋太一氏の連載

創業の時

「三度目の日本」を創ろう

を読み、感銘を受けました
”レーガン大統領の故知”と題された一節です
その内容を、簡単にご紹介します

レーガン大統領がカーター政権から政権を渡された時
アメリカ経済は苦境にありました
製造業は衰退、新規技術は育たず、貿易は大赤字でした

これら問題に対し、カーター政権の処方は
国防費の縮小、東側ソビエト陣営との妥協、国内市場の統制規制でした
いかにも官僚とエリート学者の模範解答でした

これに対し、レーガン大統領は
国内の航空や陸運の規制撤廃、外国からの輸入の規制緩和
労働の流動化強化、全米にカジノとストリップの大幅解禁・・・でした
要するに、アメリカを、真面目な国から楽しい国に変えたのです

ハーバード大学の先生や東部のマスコミは大反対でした
レーガン大統領を支持したのは
クリスチャンサイエンスモニター紙と
ミルトン・フリードマン教授くらいでした

世界の国々は「買ってくれるアメリカ」に殺到し
たちまちにして、ソ連陣営は孤立しました
もちろん、アメリカの応益収支は大赤字、財政も大赤字になりました

しかし
レーガン大統領は、大して気にしませんでした
財政赤字などは
大統領が1ガロンのガソリンに1ドル税金を掛ける決断すれば解決する
政治家が決断すれば解決するような問題などは、大した事ではない
政治家が決断したぐらいでは解決しない問題こそ重大である

堺屋氏も出席した大統領候補の夕食会で
レーガン氏は熱弁を振るいました

「それは”世界の冷戦”と”アメリカ国内の犯罪多発”である」

「私は、この二つの解決に全力を挙げる」

実際、レーガン大統領は
冷戦の終結と犯罪の減少に見事な成果を上げました
ソ連は解体し、東側陣営は崩壊しました
アメリカ国内の犯罪は、大幅に減ったのでした