縄文時代について
どうしても書いておきたいことがあります
縄文中期に、屋内埋葬の習慣があったことを知ったからです
墓穴である土坑の周囲に柱跡があるケースがあるのです
縄文時代の中期には
有名な火炎土器の他に
焼町土器、深鉢形土器など
上緣に四つの突起のある特徴的土器が出現します
突起は、炎を思わせる形状のものが多いです
私は、これらを総称して
「縄文中期上緣四焰形土器群」
と呼ぶことを提唱します
深鉢形土器の中には
四つの突起が無いものもありますから
それらは除きます
私が、これらの縄文土器を特別扱いするのは
造形的に優れたものが多いということもありますが
何より、それらの土器の持つ意味に
共通性があると考えるからです
私の説では
これらの土器は葬儀用に作られ、灯明が灯され
おそらく、副葬品として
死者と一緒に埋葬されたのです
四つの炎は葬儀の象徴です
縄文時代には、埋葬前の遺体は
屋外で、四つの炎の中心に安置されたのです
四つの炎は、葬儀の象徴でした
しかし、縄文中期になると
遺体は屋内に安置されるようになり
そのため、灯明を焚く土器に
四つの炎を象徴する造形を残したのです
なぜ、遺体が屋内安置されるようになったのか?
風雨を避けるという意味だけではなく
この時期には、会葬者が遠隔地から集まるようになり
葬儀に時間がかかるようになったからです
なぜ、遠隔地から会葬者が集まるのでしょう?
縄文中期になると、社会に階層が形成され
支配層は、近隣の支配層と縁戚関係を結ぶようになり
やがて、支配層の縁戚関係は遠隔地へも広がります
こうして、会葬者の中に、遠隔地から来る人が現れたのです
支配層の葬儀だからこそ
一流の陶工が、腕によりをかけた傑作を作ったのです
注目すべきことは、冒頭でふれた
縄文中期には、屋内埋葬が見られることです
ただ、屋内に遺体を安置するだけではなく
屋内に埋葬する埋葬形式が現れたのです
安置だけではなく
そのまま、屋内に埋葬するようにもなったのは
遺体の防腐処理の技術が無いため
やむなく、そうせざるを得なくなったためでしょう
屋内葬や屋内埋葬と
上緣四焰形土器群の出現とは密接な関係がある
そして、その背景には、縄文社会の階層化がある
・・・というのが、私の説なのです
どうしても書いておきたいことがあります
縄文中期に、屋内埋葬の習慣があったことを知ったからです
墓穴である土坑の周囲に柱跡があるケースがあるのです
縄文時代の中期には
有名な火炎土器の他に
焼町土器、深鉢形土器など
上緣に四つの突起のある特徴的土器が出現します
突起は、炎を思わせる形状のものが多いです
私は、これらを総称して
「縄文中期上緣四焰形土器群」
と呼ぶことを提唱します
深鉢形土器の中には
四つの突起が無いものもありますから
それらは除きます
私が、これらの縄文土器を特別扱いするのは
造形的に優れたものが多いということもありますが
何より、それらの土器の持つ意味に
共通性があると考えるからです
私の説では
これらの土器は葬儀用に作られ、灯明が灯され
おそらく、副葬品として
死者と一緒に埋葬されたのです
四つの炎は葬儀の象徴です
縄文時代には、埋葬前の遺体は
屋外で、四つの炎の中心に安置されたのです
四つの炎は、葬儀の象徴でした
しかし、縄文中期になると
遺体は屋内に安置されるようになり
そのため、灯明を焚く土器に
四つの炎を象徴する造形を残したのです
なぜ、遺体が屋内安置されるようになったのか?
風雨を避けるという意味だけではなく
この時期には、会葬者が遠隔地から集まるようになり
葬儀に時間がかかるようになったからです
なぜ、遠隔地から会葬者が集まるのでしょう?
縄文中期になると、社会に階層が形成され
支配層は、近隣の支配層と縁戚関係を結ぶようになり
やがて、支配層の縁戚関係は遠隔地へも広がります
こうして、会葬者の中に、遠隔地から来る人が現れたのです
支配層の葬儀だからこそ
一流の陶工が、腕によりをかけた傑作を作ったのです
注目すべきことは、冒頭でふれた
縄文中期には、屋内埋葬が見られることです
ただ、屋内に遺体を安置するだけではなく
屋内に埋葬する埋葬形式が現れたのです
安置だけではなく
そのまま、屋内に埋葬するようにもなったのは
遺体の防腐処理の技術が無いため
やむなく、そうせざるを得なくなったためでしょう
屋内葬や屋内埋葬と
上緣四焰形土器群の出現とは密接な関係がある
そして、その背景には、縄文社会の階層化がある
・・・というのが、私の説なのです