自分の頭で考える・・・という
当たり前なことが、現代の日本人
とりわけ、公務員とマスコミ関係者に欠落しています
私が、よく指摘するのは、豪雨の時の避難勧告です
高齢化が進んだ現在の日本で
自力で安全に屋外を移動できる人が、どれほどいるでしょう?
そもそも、2階まで浸水してしまう様な水害のさなか
屋外を移動できるわけが無いのです
また、安全な場所の確保というのは
実際には、空念仏に過ぎません
北海道の震災では
指定避難所自体が土砂崩れで倒壊しています
まったく機能しなかったわけです
当然ながら、そんなところに避難したら
かえって、被災してしまったわけです
南三陸町では、防災庁舎自体が津波で破壊され
屋上のアンテナの上によじ登った町長だけが助かり
そこにいた他の職員達は
ほぼ全員死亡したのではなかったでしょうか?
裁判官も異常です
東日本大震災の当時
誰も、あのような天災を予想できなかったにも関わらず
学校で小学生が死んだのは
当然予想される津波の事態に対処しなかった
”自治体の責任である”
という判決を下しています
笑うしかない、この判決を
批判したマスコミを、私は知りません
親が迎えに行った子供は助かっているのですから
親にだって責任はあるのです
実際には、親も津波を予想していなかったのです
それなのに、死んだ子供の慰謝料がもらえるというので
裁判に訴えているのですから、世も末です
しかも、その責任を
現在の市民に負わせるというのも
どういうことなのでしょうか?
現在の市民に、東日本大震災の責任なんかありません
防災対策で、まともな議論が出来ないのは
現代の日本人、とりわけマスコミ関係と公務員に
自分の頭で考える能力と習慣が欠落しているからです
現実を客観的に見て、合理的に考えればいいのに
それができずに、役所に答を求め
役人の責任逃れのコメントを垂れ流すのです
何か悲劇的なことが起こると
誰かが悪いと考えて、犯人捜しをするマスコミの悪習があります
自然災害に際しては、こうした悪習を打破し
現実を客観的に見て、合理的対策を考えましょう
現在すべきことと未来の対策を、一緒に考えるべきなのです
誰が悪い・・・などという”不毛な議論”はやめましょう
当たり前なことが、現代の日本人
とりわけ、公務員とマスコミ関係者に欠落しています
私が、よく指摘するのは、豪雨の時の避難勧告です
高齢化が進んだ現在の日本で
自力で安全に屋外を移動できる人が、どれほどいるでしょう?
そもそも、2階まで浸水してしまう様な水害のさなか
屋外を移動できるわけが無いのです
また、安全な場所の確保というのは
実際には、空念仏に過ぎません
北海道の震災では
指定避難所自体が土砂崩れで倒壊しています
まったく機能しなかったわけです
当然ながら、そんなところに避難したら
かえって、被災してしまったわけです
南三陸町では、防災庁舎自体が津波で破壊され
屋上のアンテナの上によじ登った町長だけが助かり
そこにいた他の職員達は
ほぼ全員死亡したのではなかったでしょうか?
裁判官も異常です
東日本大震災の当時
誰も、あのような天災を予想できなかったにも関わらず
学校で小学生が死んだのは
当然予想される津波の事態に対処しなかった
”自治体の責任である”
という判決を下しています
笑うしかない、この判決を
批判したマスコミを、私は知りません
親が迎えに行った子供は助かっているのですから
親にだって責任はあるのです
実際には、親も津波を予想していなかったのです
それなのに、死んだ子供の慰謝料がもらえるというので
裁判に訴えているのですから、世も末です
しかも、その責任を
現在の市民に負わせるというのも
どういうことなのでしょうか?
現在の市民に、東日本大震災の責任なんかありません
防災対策で、まともな議論が出来ないのは
現代の日本人、とりわけマスコミ関係と公務員に
自分の頭で考える能力と習慣が欠落しているからです
現実を客観的に見て、合理的に考えればいいのに
それができずに、役所に答を求め
役人の責任逃れのコメントを垂れ流すのです
何か悲劇的なことが起こると
誰かが悪いと考えて、犯人捜しをするマスコミの悪習があります
自然災害に際しては、こうした悪習を打破し
現実を客観的に見て、合理的対策を考えましょう
現在すべきことと未来の対策を、一緒に考えるべきなのです
誰が悪い・・・などという”不毛な議論”はやめましょう