今日の神奈川新聞に
107歳になる女性が、95年前の
関東大震災の時の津波を回想する特集がありました

当時12歳であったこの女性は、厨子小坪で
関東大震災と、それにともなう津波に遭遇したのでした
2歳の弟を抱えて、必死に逃げたそうです

関東大震災にともなう相模湾の津波は
最近、やっと注目されるようになったのかもしれません
私は、以前から、強い関心があり、その対策も考えています

各種の記録を総合すると
大体6メートルくらいの波高があつたようです
木造住宅なら、二階まで、一飲みです
実際、相模湾沿岸部は、壊滅的な被害を受けているのです

これが、あまり話題にならなかったのは
関東大震災の最大の人的被害が
東京都内の火災によるものだったためです
相模湾沿岸部の津波被害は、あまり注目されなかったのです

関東大震災は、相模湾を震源としたため
揺れそのものも、都内よりも神奈川県の方が強かったのです
したがって、揺れによる被害も大きかったのですが
津波による被害も、けして、小さくはありませんでした

被害を受けたのは、相模湾沿岸部全域です
現在、同じ規模の津波が来れば
相模湾に面するヨットハーバーや漁港などはもとより
沿岸部の建物は、壊滅的な被害を受けるはずです

私は、これへの対策として
相模湾沿岸に、高架の道路を作り
その片側、もしくは両側に歩道を作り、遊歩道とし
海岸から、すぐに上れるように
階段やスロープを付けるという構想を持っています

さらに、辻堂海浜公園のところに
巨大なサービスエリアのような場所を作り
藤沢警察署を拡大した、相模湾沿岸署を設置し
津波でも無傷の、警察のセンターを作るのです

同じ場所に、役所も、病院も、レストランも作り
普段から、一つの町としての機能を持たせておきます
巨大な駐車場を併設し
湘南海岸沿岸の駐車場不足も解消します

相模湾を震源とする地震による津波は
地震発生後5分程度で沿岸部に達します
すぐに避難しなければ
沿岸部の人々は津波に流されてしまうのです

道路を高架にし、階段やスロープを付けるだけで
広い地域を網羅できる、巨大な避難エリアが出現するのです
しかも、日常にあっては、重要な都市基盤として機能するのです
これを100年計画で整備するのが
私の考えた「相模湾総合防災計画」なのです