私は、縄文時代の葬儀について、考え続けています

遺体を野生動物から守るために火を焚くとしたら
4ヶ所に灯明を灯し、その中央に遺体を安置すればよい
動物は、遺体に近付くためには、灯明と灯明の間を通り抜けねばならず
火を嫌う野生動物は、遺体には近付かないでしょうから

初期の縄文人の葬儀は、その様なものだったかもしれません
しかし、縄文時代も中期になりますと
葬儀の儀式も複雑になり、準備に時間がかかるようになり
すぐには遺体を埋葬できなくなりました
そのため、遺体は屋内で安置されることになったのです

遺体を屋内に安置しても
初めは、遺体を四つの灯明の中心に安置したはずです
縄文人にとっては
四つの灯明は、葬儀を象徴するものだったからです

しかし、これにはやっかいな問題がありました
縄文人の建物は草葺きであったため
火が建物に引火しやすいことです

そこで考え出されたのが
上緣部に四つの突起のある土器
すなわち、火焰型土器、深鉢形土器、焼町土器・・・だったのです
一つの土器で、四つの灯明の代わりとしたのです
四つの突起は、まさに、四つの炎の象徴だったのです

したがって、これら以外にも
上緣部に四つの突起がある鉢形の土器は
同様の目的のために作られた可能性があります

さらに時代が降ると
四つの突起のある土器は消えます
人々が、四つの突起の意味を忘れたからでしょう

なお、縄文人の葬儀について、付け加えるなら
彼らは、灯明だけではなく、香を焚いていたようです
香炉形状の土器も出土しているからです
現代の日本人が、蝋燭を灯し線香を立てる葬儀の形式は
実は、縄文時代に、原型が完成していたのかもしれません