私の頭に縄文土器が取り憑き、離れません
私は、縄文土器について、考え続けています
あまりにも不思議な形態、まったく分からない使用方法、目的・・・
そして、ある結論に達しました

縄文土器のうちで、博物館に収蔵されているようなモノは
火炎土器をはじめとして、空間構成が見事で、装飾的です
明らかに実用品ではなく
何に使ったのか、まるで分からないモノと言ってもいいのです

さらに、私は、今回の展示品を観て
もう一つの重大な、それらの土器に共通する特徴に気付きました

”ほとんど使った形跡が無い”

ことです

まるで、作ったばかりのような状態で発掘されているのです
何千年も前の素焼きの土器なのに
傷や欠けが、ほとんど見当たりません
これは一体、どういうことでしょうか?

同じ縄文土器でも、ありきたりの実用品の壺などは
割れたり、欠けた状態で発掘されているのです
ところが、火炎土器や”縄文のビーナス”は
ほぼ無傷で発掘されているのです

縄文土器のうち
空間構成が見事で装飾性が強く
使用目的のわからないモノ・・・これらは一体、何だったのでしょう?

その答は

”副葬品”

です!

葬儀の直前に作られ
死者の埋葬とともに、地中に埋められたモノだったのです
それらは、葬儀に使われる特殊な道具か
初めから副葬品として作られてモノだったのです
だからこそ、傷や欠けが無く
作ったばかりのような綺麗な状態で発掘されたのです

そう考えると
”縄文のビーナス”や”ハート形土偶”の意味も違ってきます
あれは出産時に亡くなってしまった妊婦の
来生での安産を祈願する慰霊の品だったのです
遺体の首からペンダントのように吊り下げ
あるいは、そのまま埋葬されたのかもしれません

火炎土器は、自由奔放な造形ではありますが
必ず上部四ヶ所に紐を通せる穴があります
火炎土器に似た焼町土器も同様です
ここに紐を通し、墓穴の中に吊り下げたのです
使用目的は、葬儀の際の灯明だったでしょう
葬儀が終われば、死者と一緒に埋葬されたのです

副葬品の豊かさは、縄文人が来生を信じていたことを意味します
縄文人は、死は終わりとは考えず、来生を想像し
永遠の輪廻転生を信じていたのです

弥生時代の副葬品の土偶は、埴輪と呼ばれています
土偶が副葬品である文化が継承されているのです
縄文時代と弥生時代は、共通の文化持つ、連続した時代だからです