本能寺の変を調べていくと、気になることがあります
変の最中に、信長の関係者は、本能寺を自由に出入りしているのです
青玉上人の一行も、本因坊算砂も
信長の小姓だった黒人の弥助も、女中達も
出入りの制限を受けていません

あの日の朝、本能寺を抱囲する軍勢を見て
嫡子信忠の軍勢かと思った信長は、明智の軍勢であると聞かされて
助かる見込みが無いことを悟りました
一万の軍勢を率いた、百戦錬磨の明智光秀に抱囲されては
僅か数十の近習だけでは、抵抗のしようが無いからです
常識的考えれば・・・

「是非に及ばず」

そう言って、信長は覚悟を決めました
黒人小姓の弥助にだけは、ジェスチャーを交えて

”こうなったのも、自分に原因がある”

という意味を伝え
この事態を信忠に伝えるようにと、早朝の京都の街に走らせました

しかし、これは信長の早とちりだったかもしれないのです!

信長が、もし、身だしなみを整え、裏口か通用口に向かい
そこから出れば、何の抵抗も無く、
堂々と本能寺を脱出できた可能性があったのです!

本能寺を抱囲した明智の軍勢は、目的を知りませんでした
信長の閲兵を受けるという名目で、急遽、京都に向かったのであり
まさか、信長を討つことが目的などと考える者は
一人もいなかったのです・・・明智光秀と齋藤利三を除いては

彼らが考えたのは
本能寺の中にいる、信長以外の何者かを討つための抱囲であり
それは、徳川家康ではないかと考えた兵も多く
いずれにしろ、信長関係者はノーチェックだったのです

226事件で
青年将校に率いられてクーデターに動員された兵士達は
自分達が何をしているのか、何をさせられているのか
さっぱり分かりませんでした・・・何も知らされていなかったからです
もし、首相を殺害したり、天皇から反乱軍とされることを知っていたら
彼ら中には、逃亡する者や抵抗する者が続出したでしょう

明智光秀が、もし、事前に信長を討つと言ったら
明智軍団からは逃亡者が続出し、軍団は崩壊してしまったでしょう
指揮官の命令で、本能寺を抱囲はしましたが
明智軍団の将兵は、最後まで、信長を討つとは思っていなかったのです