今朝
完訳フロイス「日本史」
を読了しました
中公文庫全12巻です
いつから読み始めたのか覚えていません
確実に1年以上かかっています
その間、私にとっては、最高の睡眠薬でした
ルイス・フロイスは、安土桃山時代に来日した
イエズス会のポルトガル人宣教師で、織田信長にも面会しています
彼の著した「日本史」は「イエズス会日本布教史」です
全編が、日本におけるイエズス会の布教を記録したものです
似たような記述が多く、退屈な内容です
それでも、私が、時間をかけて読み続けたのは
この著書が、外国人が残した
日本の安土桃山時代のノンフィクションだからです
極めて貴重な記録だと考えています
イエズス会の布教活動という限られた側面ではあっても
そこに、時代の息吹は感じられます
信長や秀吉の性格気質・・・それらがダイレクトに伝わってきます
キリシタン大名や、その周囲の人々の性格と行動
いままで私の知らなかった戦国時代の側面を知ることが出来ました
文章表現は具体的で分かりやすく
短い章立てなので、読み継ぎが、しやすかったのです
全体の印象は
”リアル・ドン・キホーテ物語”
です
日本の神や仏を悪魔と呼び、果敢に挑戦を挑むのですが
最後は、みじめな敗北を来すわけです
全てを神の意志として理解する
自己中心的で偽善的な表現は、ある意味で滑稽であり
大真面目なドン・キホーテ物語なのです
これが、あの時代のイベリア半島の人々の気質なのかと思えました
文章表現は平易で、小説を読む様に読めます
ただ、同じような話が延々と続くので、退屈するのです
最終巻には
秀吉による朝鮮出兵に苦しめられたことや
刀狩りでは、初めに刀の目利きが現れ、人々が彼に名刀の鑑定を頼むと
その鑑定士は、名刀の所在と所有者を密かに記録しておき
やがて刀狩り令が交付された時には
それらをすべて没収してしまったことが書かれています
事前に情報を得て私利をはかる小役人は
いつの時代にもいるのですね・・・
日本にキリスト教が根付かなかったのは
秀吉の反キリシタン政策と
それを引き継いだ徳川幕府の政策によるものですが
九州の有力大名である島津氏が
一貫して反キリシタンであったことも大きいです
実際には、当時、多くの大名が
キリシタンや、そのシンパとなっていました
もし、あのまま日本にキリスト教が広まれば
フロイスの「日本史」こそが日本史となってしまったことでしょう
日本史が、キリスト教の伝播から始まるわけです
日本書紀や古事記の記述は消されてしまい
日本人は、民族の歴史を断ち切られてしまったはずです
完訳フロイス「日本史」
を読了しました
中公文庫全12巻です
いつから読み始めたのか覚えていません
確実に1年以上かかっています
その間、私にとっては、最高の睡眠薬でした
ルイス・フロイスは、安土桃山時代に来日した
イエズス会のポルトガル人宣教師で、織田信長にも面会しています
彼の著した「日本史」は「イエズス会日本布教史」です
全編が、日本におけるイエズス会の布教を記録したものです
似たような記述が多く、退屈な内容です
それでも、私が、時間をかけて読み続けたのは
この著書が、外国人が残した
日本の安土桃山時代のノンフィクションだからです
極めて貴重な記録だと考えています
イエズス会の布教活動という限られた側面ではあっても
そこに、時代の息吹は感じられます
信長や秀吉の性格気質・・・それらがダイレクトに伝わってきます
キリシタン大名や、その周囲の人々の性格と行動
いままで私の知らなかった戦国時代の側面を知ることが出来ました
文章表現は具体的で分かりやすく
短い章立てなので、読み継ぎが、しやすかったのです
全体の印象は
”リアル・ドン・キホーテ物語”
です
日本の神や仏を悪魔と呼び、果敢に挑戦を挑むのですが
最後は、みじめな敗北を来すわけです
全てを神の意志として理解する
自己中心的で偽善的な表現は、ある意味で滑稽であり
大真面目なドン・キホーテ物語なのです
これが、あの時代のイベリア半島の人々の気質なのかと思えました
文章表現は平易で、小説を読む様に読めます
ただ、同じような話が延々と続くので、退屈するのです
最終巻には
秀吉による朝鮮出兵に苦しめられたことや
刀狩りでは、初めに刀の目利きが現れ、人々が彼に名刀の鑑定を頼むと
その鑑定士は、名刀の所在と所有者を密かに記録しておき
やがて刀狩り令が交付された時には
それらをすべて没収してしまったことが書かれています
事前に情報を得て私利をはかる小役人は
いつの時代にもいるのですね・・・
日本にキリスト教が根付かなかったのは
秀吉の反キリシタン政策と
それを引き継いだ徳川幕府の政策によるものですが
九州の有力大名である島津氏が
一貫して反キリシタンであったことも大きいです
実際には、当時、多くの大名が
キリシタンや、そのシンパとなっていました
もし、あのまま日本にキリスト教が広まれば
フロイスの「日本史」こそが日本史となってしまったことでしょう
日本史が、キリスト教の伝播から始まるわけです
日本書紀や古事記の記述は消されてしまい
日本人は、民族の歴史を断ち切られてしまったはずです