平昌冬期オリンピックの
女子フィギュアスケート金メダリスト
アリーナ・ザギトワ選手に秋田犬がプレゼントされました
笑顔でプレゼントされた秋田犬を抱く
ザギトワ選手の写真を見て
私なりに、いろいろ、思うことがありました
日本犬が、世界中で愛されていることを
私は、最近、知りました
犬は、もともとオオカミでした
人間がオオカミを飼い慣らす過程で”犬”が誕生したのです
畜犬が地球上の様々な地域に広がるにつれて
品種改良が重ねられ、多種多様の犬種が生まれました
犬の系統は一系統に収束するといいますから
全ての犬は、最初にオオカミを家畜化した犬から分化したことになります
ある一人の人間が、オオカミを飼い慣らし
そこから人類の畜犬が始まったのです
私は、最初にオオカミを飼い慣らした人間は、少年だったと思います
犬の原種は、シナ大陸西部のオオカミだということですから
おそらく、遊牧民の少年が、最初にオオカミを飼い始めたのです
なぜ少年かというと
少年は、好奇心が強く、しかも犬が大好きだからです
その少年は、父と二人、羊の遊牧をして暮らしていました
母をすでに亡くしていたため、父と二人だけの家族だったのです
父は弓の名手でした
ある日、羊を狙いに来たオオカミを、父は見事に射止めました
父の射止めたオオカミはメスでした
まだ子供を連れた母オオカミだったのです
オオカミの子供は、母親を殺され、途方に暮れていました
その境遇が自分に似ていたため
少年は、オオカミの子供を連れて帰り、自分で育てたのです
オオカミの子供は、すぐに大きなオオカミとなりました
ところが、羊と一緒に育ったため、羊を襲うことをしませんでした
ある時、オオカミの群れが、羊を狙って現れました
飼っていたオオカミは、その群れに向かって走り出しました
少年も、少年の父も、やはりオオカミだ
オオカミの仲間の所に行くのだと考えました
ところが違いました
飼っていたオオカミは、オオカミの群れに向かうと
猛烈に吠えかかり、闘ったのです
少年も、少年の父も
人間に育てられたオオカミは、人間の味方となり
オオカミと闘い、羊を守ることを知ったのです
・・・以上が、私の考える”畜犬事始め”です
秋田犬をはじめとする伝統的な日本犬は
遺伝的には、極めてオオカミに近い犬なのです
もしかしたら、日本人の遠い祖先に
人類で最初にオオカミを飼った人がいたのかもしれません
すなわち”畜犬という文化”を創出した人がいたのかもしれないのです
女子フィギュアスケート金メダリスト
アリーナ・ザギトワ選手に秋田犬がプレゼントされました
笑顔でプレゼントされた秋田犬を抱く
ザギトワ選手の写真を見て
私なりに、いろいろ、思うことがありました
日本犬が、世界中で愛されていることを
私は、最近、知りました
犬は、もともとオオカミでした
人間がオオカミを飼い慣らす過程で”犬”が誕生したのです
畜犬が地球上の様々な地域に広がるにつれて
品種改良が重ねられ、多種多様の犬種が生まれました
犬の系統は一系統に収束するといいますから
全ての犬は、最初にオオカミを家畜化した犬から分化したことになります
ある一人の人間が、オオカミを飼い慣らし
そこから人類の畜犬が始まったのです
私は、最初にオオカミを飼い慣らした人間は、少年だったと思います
犬の原種は、シナ大陸西部のオオカミだということですから
おそらく、遊牧民の少年が、最初にオオカミを飼い始めたのです
なぜ少年かというと
少年は、好奇心が強く、しかも犬が大好きだからです
その少年は、父と二人、羊の遊牧をして暮らしていました
母をすでに亡くしていたため、父と二人だけの家族だったのです
父は弓の名手でした
ある日、羊を狙いに来たオオカミを、父は見事に射止めました
父の射止めたオオカミはメスでした
まだ子供を連れた母オオカミだったのです
オオカミの子供は、母親を殺され、途方に暮れていました
その境遇が自分に似ていたため
少年は、オオカミの子供を連れて帰り、自分で育てたのです
オオカミの子供は、すぐに大きなオオカミとなりました
ところが、羊と一緒に育ったため、羊を襲うことをしませんでした
ある時、オオカミの群れが、羊を狙って現れました
飼っていたオオカミは、その群れに向かって走り出しました
少年も、少年の父も、やはりオオカミだ
オオカミの仲間の所に行くのだと考えました
ところが違いました
飼っていたオオカミは、オオカミの群れに向かうと
猛烈に吠えかかり、闘ったのです
少年も、少年の父も
人間に育てられたオオカミは、人間の味方となり
オオカミと闘い、羊を守ることを知ったのです
・・・以上が、私の考える”畜犬事始め”です
秋田犬をはじめとする伝統的な日本犬は
遺伝的には、極めてオオカミに近い犬なのです
もしかしたら、日本人の遠い祖先に
人類で最初にオオカミを飼った人がいたのかもしれません
すなわち”畜犬という文化”を創出した人がいたのかもしれないのです