祖母は四姉妹の長女でした

次女は、体格のいい人でした
結婚して3女を得ましたが、早くに夫に先立たれました
洋品店を経営したり、夏には海の家を出したり
女手一つで、三人の娘を育て上げました
娘達は、白百合女学園に通わせました

三女は、農家に嫁ぎ、長男を得ましたが
子供を連れずに、離婚しました
商家の後妻に入りましたが、苦労は多く、店を必死に切り盛りしました
頭の良い、優しい女性で、私をとても可愛がってくれました
自分の子供の話は一切しませんでしたが
父によれば、東大を出て大手の銀行に勤めたそうです
本来であれば、自慢の息子だったはずです・・・

四女は、早くに亡くなりましたので、私は直接は知りません
藤沢に以前あった伊澤道場という剣道場の開祖は
地元では有名な剣道家で、この人と恋仲であったといいます
別の人と結婚し、東京で暮らしていましたが
結婚後も、夫の留守中に家で会い
タバコの吸い殻で露見したという話が我が家に伝わっています
その人の長男や孫達とは、私が幼い頃に、会ったことがあります

祖母の姉妹は、皆さん、それなりに元気な方達ばかりで
祖母のような発育障害も無かったようですから
なぜ、曾祖父は、体の弱い祖母を農家の跡取りにしたのか?
農家の常識としては、若干、疑問もあります

私なりに考えてみますと
長女であったことが最大の理由ではあるのでしょうが
逆に、嫁に出すとすれば、ハンディーが大きすぎたからでしょう
それに、酒と喧嘩が強く、親分肌であった曾祖父には
自分に性格が一番よく似た祖母は
跡継ぎとして、ふさわしいと思えたのかもしれません

娘時代の祖母の写真を見ると
女学生のような、きりっとした美人です
満足に小学校も行っていない女性とは見えません
それなりの美貌が備わっていたので
財産があれば、婿は来るだろうと、曾祖父は考えたのでしょう
残念ながら祖母の娘時代の写真は
葬儀の時の混乱で、何処かに紛失してしまいました