祖母は、私や姉が言うことを聞かないと

「小さい頃は”おまた”に入れてあげたのに」

と、文句を言いました

小さい頃は、孫達は祖母と寝ることがあり
昔の家は、寒かったので
冬の寒い日は、祖母は、小さな孫を、またに挟んで
全身で抱きしめて温めたのです

寒い日は、孫の方から

「おばあちゃん”おまた”に入れて」

と、頼んだのでした

祖母は、手も肌も、いつも温かくて
寒いときは、自分の手で私達の手を挟み

「なんて冷たいんだ」

と言いながら、温めてくれました
そして、寝る時は、全身で抱きしめて、温めてくれたのです

しかし、そうして育てた孫達も
少し大きくなれば、もう、祖母の言うことを聞きません
祖母としては、少々、腹の立つことだったでしょう

私の父は、長男として育てられましたが、実は次男です
三歳になる前に亡くなった兄がいたのです
その子が亡くなった時のことを
私が成人してから、祖母は話してくれました

もともと、弱い子ではあったらしいのですが
その日、ただならぬ子供の異変に気付いた祖母は
すぐに、その子を背負い、医師のもとに向かいました
しかし、医院に向かう途中で
すでにその子が、息をしなくなっていることを
祖母は、背中に感じていたそうです

「背中で、動かなくなってしまったのが、わかったな・・・」

祖母は、そんな言い方をしました

初めて授かった男の子を
その可愛い盛りに失った祖母の悲しみは
いかに大きかったことでしょう!

おそらく、そうした経験もあって
祖母は、小さな子供を、全身で包み込むように守ったのです

この話は、妻には何度も話しました
ある時、妻は

「でも、その子は幸せだよね。お母さんの背中で死ねたのだから」

「病院に一人で隔離され、全身に管や注射を刺されて死ぬより、ずっといい」

妻の話を聞いて、私は、なるほどと思いました
そういう考え方もあるのだと気付かされたのです

それ以来、私は
その子は、短い人生だったけれど
祖母の子供に産まれて
幸せだったのかもしれないと思うようになりました

祖母の肉体には
丸くなった背中に、垂れた乳房に、暖かい肌に
愛も悲しみも、皮膚感覚として、刻印されていたのでした