祖母は話好きでした
我が家に来る人とは、誰とでも話しました
若い独身の職人さんと

「稼いだお金は貯金しているのですか?」

「みんな飲んじゃいますよ」

なんて会話をしていたのを、私は憶えています

祖母の事を考え続けているうち
祖母の会話好きの理由が分かってきました
外出することも少なく、難しい漢字を読めない祖母にとって
家に訪ねて来る人との会話こそ
数少ない、学習意欲と知的好奇心を満たす手段だったのです

実際、いつも、にこやかに、
どんな相手でも、初対面の人とでも、物怖じせず
堂々と会話していました
長い人生で磨き上げられた会話力は
学問の無い農家の主婦という引け目など
まったく感じさせないものでした

私が二十歳の頃
大学受験を諦め、前途に途方にくれていた頃です
庭に佇む私に、祖母は静かに近付き

「誰に聞いても、そうなろうと思って、そうなった人はいないな」

と、話しました

私は、祖母の方を見向きもせず、黙って聞いていました
その話に、感銘を受けることも、反発を感じることもありませんでした
祖母は、静かに、その場から立ち去りました

同じ意味のことは、太宰治も何処かで書いていました

・・・人は、いつの間にか、その道を歩いている・・・

たしか、そんな表現であったと思います

前途に途方に暮れる私に対し
祖母は、人生の真実を話しておきたかったのでしょう

祖母は、多くの人との会話で
おそらく、定番の質問として
その人がその職業に就いた切っ掛けを訊ねたのでしょう

ほとんど全ての人が、人生の成り行きで、そうなったと話したはずです
若い時の志を実現して今がある・・・という人は
我が家に訪ねて来る人の中には、あまり、いなかったと思われます

祖母が私に語ったことは
簡単なことではありますが
自信を持って孫に伝えられる”人生の真実”だったのです