祖母が人と話す時は、にこやかで明るかったので
祖母を訪ねて来る人達は
祖母を優しくて明るい性格の人だと思ったでしょう
しかし実際は、気性が激しく
怒ると、相手を睨み付け、怒りを爆発させました
ただし、そのように祖母を怒らせたのは
主に、私一人でしたが・・・それはともかく
けして、温厚な慈母タイプではありませんでした
あの田中角栄の従兄、田中秀雄さんと祖父母の交流のことは
以前、私はこのブログで触れました
秀雄さんが新潟に帰られてからは
実際の交際は、ほとんどありませんでしたが
心のつながりは、一生続いていたと思われます
田中秀雄さんと祖父の関係は
父によれば、とにかくウマが合う仲だったということですが
それだけではなく、祖母の存在も無視できないと思います
夕暮れ、突然、家に来て道を尋ねる見ず知らずの男を
直感で人間性を見抜き
「今日は、もう遅いから泊まっていきなさい」
などと言えるのは、祖母ならではと思うからです
祖母は”女傑”タイプだったのです
見返りを求めず、人の世話をし
それが一生の付き合いにもなるのでした
祖母が、壮健な肉体をもった男性として生まれていたら
その道の、それなりの人物になっていただろうと思われます
祖母は、自分の祖父のことを
”おじいさん”とは言わず”お殿様”と呼んでいました
元は武士で、幕府の直参旗本の出身だったからです
私の高祖父であるその人は、明治維新以降、平民となりましたが
窃博徒を配下として、幕府再興のための反政府活動をしていた人でした
事情はともあれ
祖母のおじいちゃんは
ヤクザの親分だったのです
祖母を訪ねて来る人達は
祖母を優しくて明るい性格の人だと思ったでしょう
しかし実際は、気性が激しく
怒ると、相手を睨み付け、怒りを爆発させました
ただし、そのように祖母を怒らせたのは
主に、私一人でしたが・・・それはともかく
けして、温厚な慈母タイプではありませんでした
あの田中角栄の従兄、田中秀雄さんと祖父母の交流のことは
以前、私はこのブログで触れました
秀雄さんが新潟に帰られてからは
実際の交際は、ほとんどありませんでしたが
心のつながりは、一生続いていたと思われます
田中秀雄さんと祖父の関係は
父によれば、とにかくウマが合う仲だったということですが
それだけではなく、祖母の存在も無視できないと思います
夕暮れ、突然、家に来て道を尋ねる見ず知らずの男を
直感で人間性を見抜き
「今日は、もう遅いから泊まっていきなさい」
などと言えるのは、祖母ならではと思うからです
祖母は”女傑”タイプだったのです
見返りを求めず、人の世話をし
それが一生の付き合いにもなるのでした
祖母が、壮健な肉体をもった男性として生まれていたら
その道の、それなりの人物になっていただろうと思われます
祖母は、自分の祖父のことを
”おじいさん”とは言わず”お殿様”と呼んでいました
元は武士で、幕府の直参旗本の出身だったからです
私の高祖父であるその人は、明治維新以降、平民となりましたが
窃博徒を配下として、幕府再興のための反政府活動をしていた人でした
事情はともあれ
祖母のおじいちゃんは
ヤクザの親分だったのです