M子さんの話が少し長くなりました
私が、あえてM子さんの話をここまで書いたのは
M子さんと祖母との関係の中に
祖母の性格がよく表れていると思ったからです
というより、M子さんのことを書きながら、その感を強くしたのです
祖母は、体が弱く、外出することは滅多にありませんでした
自分から人を訪ねるということは、ほとんど無いのでした
そのかわり、自分を訪ねて来る人とは
時間の許す限り相手をしていました
私の子供の頃に、肥料屋の営業マンが、よく我が家に来ました
彼は、たいへん穏やかな性格で、悪い人には見えませんでしたが
私に何度会っても、笑顔を見せるわけでも、話しかけるわけでもなく
私としては、印象の薄い、好感の持てない人でした
彼は、大抵いつも、祖母としばらく話をして、帰って行くのでした
後年、この人のことが家族で話題に出た時・・・父は
「あいつは、まったく、気の利かない奴だった」
と、顔をしかめたし・・・母は
「雪国から一人で出てきたと聞いただけで、ずっと、おばあちゃんは可愛がっていた」
と、話していました
私の両親は、二人とも、この人物に好感を持っていませんでした
当時の私は、そこまでは分かりませんでしたが
確かに、彼は、我が家に来ても
祖母と話をするだけで帰ることがほとんどでした
今から思うと、彼は、祖母と話をするために
時々、我が家に来ていたのでしょう
近所の寺に、当時、問題の多い住職がいて
その住職の婦人は、我が家に来ては、祖母に愚痴を言っていました
他に話し相手はいなかったのでしょう
同じく、近所の漬け物会社の会長の未亡人も
しょっちゅう、我が家に来ては、祖母と話していました
彼女は後妻のため、血の繋がった家族がおらず
話し相手のいない人でした
近所の顔なじみばかりではなく
当時できたばかりの団地に引っ越してきた若い主婦達が
祖母に会いに、我が家に来ることもありました
何がきっかけで知り合ったのでしょう・・・?
祖母が、ただの聞き上手のおばあちゃんだったとすれば
そのような人は、さほど珍しくないでしょう
祖母の場合、それだけにとどまらず
何かを頼まれれば、それを引き受けてしまうところに
他の人とは決定的に違う性格がありました
しかもそれは、相手が避けなければ、一生続くのでした・・・
私が、あえてM子さんの話をここまで書いたのは
M子さんと祖母との関係の中に
祖母の性格がよく表れていると思ったからです
というより、M子さんのことを書きながら、その感を強くしたのです
祖母は、体が弱く、外出することは滅多にありませんでした
自分から人を訪ねるということは、ほとんど無いのでした
そのかわり、自分を訪ねて来る人とは
時間の許す限り相手をしていました
私の子供の頃に、肥料屋の営業マンが、よく我が家に来ました
彼は、たいへん穏やかな性格で、悪い人には見えませんでしたが
私に何度会っても、笑顔を見せるわけでも、話しかけるわけでもなく
私としては、印象の薄い、好感の持てない人でした
彼は、大抵いつも、祖母としばらく話をして、帰って行くのでした
後年、この人のことが家族で話題に出た時・・・父は
「あいつは、まったく、気の利かない奴だった」
と、顔をしかめたし・・・母は
「雪国から一人で出てきたと聞いただけで、ずっと、おばあちゃんは可愛がっていた」
と、話していました
私の両親は、二人とも、この人物に好感を持っていませんでした
当時の私は、そこまでは分かりませんでしたが
確かに、彼は、我が家に来ても
祖母と話をするだけで帰ることがほとんどでした
今から思うと、彼は、祖母と話をするために
時々、我が家に来ていたのでしょう
近所の寺に、当時、問題の多い住職がいて
その住職の婦人は、我が家に来ては、祖母に愚痴を言っていました
他に話し相手はいなかったのでしょう
同じく、近所の漬け物会社の会長の未亡人も
しょっちゅう、我が家に来ては、祖母と話していました
彼女は後妻のため、血の繋がった家族がおらず
話し相手のいない人でした
近所の顔なじみばかりではなく
当時できたばかりの団地に引っ越してきた若い主婦達が
祖母に会いに、我が家に来ることもありました
何がきっかけで知り合ったのでしょう・・・?
祖母が、ただの聞き上手のおばあちゃんだったとすれば
そのような人は、さほど珍しくないでしょう
祖母の場合、それだけにとどまらず
何かを頼まれれば、それを引き受けてしまうところに
他の人とは決定的に違う性格がありました
しかもそれは、相手が避けなければ、一生続くのでした・・・