私の母が亡くなった時は
M子さんは、我が家に泊まり
女手の無くなった私達のために
朝食を作ってくれたこともありました
当然ながら、葬儀や法事には、必ず、参列しています

祖母が亡くなった時も同じです
周囲の誰も、そのことに何の不審感を持ちませんでした
ずっと、当たり前に、そうしていたからです

そして、私達の結婚式にも参列していただきました
ただし、今回調べたら
披露宴には出ているのですが、式には出ていません
同じ建物の中でしたから、出席できたはずですが
式場が狭かったので、ご自身で遠慮したのかもしれません

長男が生まれ、長女が生まれ
その都度、M子さんからはお祝いをいただき
祖父が亡くなった時も、当然ながら、葬儀に参列いただきました

祖父の葬儀の時でした
火葬場の担当者の人から
遺灰をを確認する人を4人選んで下さいと言われました
当時の我が家の家族は、成人は私達夫婦と父の3人でした
父の姉を一人選びたいところでしたが
いずれも高齢病身で、車椅子での参列でした
そこで私はM子さんに、その役を引き受けていただくことにしました

「私のような者でよろしいのですか?」

そう言うM子さんに、私は答えました

「祖父は叔母さんのことを娘だと言っていましたから」

葬儀の場で、M子さんのことを

「あの人は誰?」

と、ささやく声が聞こえました
そして、その疑問に答えるささやきも聞こえてきたのでした
知っている人は、皆、知っていたからです

やはり、葬儀の日に
父の長姉が、M子さんに話していました
臨終間際の、意識が混濁する祖父に、娘の名前を言ってもらうと
全員の名前を言って、その中にM子さんの名前もあったことを

祖父も祖母も、死に至るまで、M子さんを自分達の娘としていました
そして、M子さんも、娘としての行動をとったのでした

M子さんの晩年、だいぶ弱られてから我が家に来た時に
M子さんは、祖父母の戒名を聞き、それをしっかりメモして帰りました
そのことに、私は強い印象を受け、よく憶えています
あたかも、自身の最期を予期し
あの世での、祖父母との再会を期しているようにも思えたからです

最後にM子さんが我が家に来た時は
お嬢さんの運転するクルマに乗って来ました
車寄せにクルマを停めて、ただ、我が家を見ていました

いくら勧めても、家に上がろうとはしませんでした
会話もほとんどなく、そのまま、お帰りになりました
おそらく、会話も、身を起こすのも難儀な状態で
最後に、もう一度、我が家を見たいと
お嬢さんにお願いしたのでしょう

祖父母とM子さんは
最後まで、親子であり、家族でした