昨日のブログで
私は「陛下の御意志」という表現を使いました
自分としては、なんとなく、ひっかかる感じを受けました
そうではありますが、譲位が
「陛下の御意志」
であったことは間違いなく
しかも、強い御意志であったわけですから
表現としては正しいと考え、そのままにしています
実は、ブログをアップして、しばらくしてから
「陛下のご意向」
とするのが、一般的な表現ではないかと気付きました
でも、直しませんでした
「ご意向」と「御意志」では、重みが違います
陛下は譲位を、強い御意志をもって、表明されたのですから・・・
客人をもてなすのに
緑茶にするか珈琲にするかは
陛下のご意向をお伺いしてもいいでしょう
しかし、譲位は、そんな軽い問題ではありません
なぜ私は「陛下の御意志」という表現にひっかかりを感じたか?
そのことで、私は、立憲君主制について考えました
陛下には行政上の権力はありません
どんな御意志をお持ちになっても
それを直ちに実現することはできません
陛下は、何をするにも
公的な事柄については、内閣や議会の承認が必要なのです
しかし、そこを誤解して
”陛下には意志を表明する権利も無い”と考えたら間違いです
陛下にも、他の皇族方にも、言論の自由はあるのです
自らの意志を表明する自由はあるのです
そうでなければ、ロボット以下の存在になってしまいます
陛下や、他の皇族の人々は
お立場を弁え、慎重な言動に終始するのが普通です
しかし、彼らにも言論の自由があることは
国民が広く知っておくべきことです
そうしないと、悪質な者が
陛下や皇族の存在を無視し、悪用する危険があるからです
陛下にも、皇族の皆様にも、言論の自由はあります
意志を持つことも、それを表明することもできるのです
ただし、それを実現するためには
内閣の承認や、議会の承認が必要だということであって
広く国民の支持が必要になるということなのです
つまり、立憲君主制は、生きた人間の民主主義なのです
私は「陛下の御意志」という表現を使いました
自分としては、なんとなく、ひっかかる感じを受けました
そうではありますが、譲位が
「陛下の御意志」
であったことは間違いなく
しかも、強い御意志であったわけですから
表現としては正しいと考え、そのままにしています
実は、ブログをアップして、しばらくしてから
「陛下のご意向」
とするのが、一般的な表現ではないかと気付きました
でも、直しませんでした
「ご意向」と「御意志」では、重みが違います
陛下は譲位を、強い御意志をもって、表明されたのですから・・・
客人をもてなすのに
緑茶にするか珈琲にするかは
陛下のご意向をお伺いしてもいいでしょう
しかし、譲位は、そんな軽い問題ではありません
なぜ私は「陛下の御意志」という表現にひっかかりを感じたか?
そのことで、私は、立憲君主制について考えました
陛下には行政上の権力はありません
どんな御意志をお持ちになっても
それを直ちに実現することはできません
陛下は、何をするにも
公的な事柄については、内閣や議会の承認が必要なのです
しかし、そこを誤解して
”陛下には意志を表明する権利も無い”と考えたら間違いです
陛下にも、他の皇族方にも、言論の自由はあるのです
自らの意志を表明する自由はあるのです
そうでなければ、ロボット以下の存在になってしまいます
陛下や、他の皇族の人々は
お立場を弁え、慎重な言動に終始するのが普通です
しかし、彼らにも言論の自由があることは
国民が広く知っておくべきことです
そうしないと、悪質な者が
陛下や皇族の存在を無視し、悪用する危険があるからです
陛下にも、皇族の皆様にも、言論の自由はあります
意志を持つことも、それを表明することもできるのです
ただし、それを実現するためには
内閣の承認や、議会の承認が必要だということであって
広く国民の支持が必要になるということなのです
つまり、立憲君主制は、生きた人間の民主主義なのです