今日は母の命日です
先程、妻と墓参りをしてきました
母は、29年前、満60歳で亡くなりました
母の誕生日は3月18日
私の誕生日は3月30日
あと12日経つと
私は、母と同じ時間を生きたことになります
母の人生の短さを感じます
「もう、この段階で、お母さんは死んでしまったのだ」
そう考えると
人生の儚さを思わざるを得ません
でも、その時点で、母には6人の孫がいました
私には一人もいませんし
それどころか、私の子供達は、ただの一人も
結婚はおろか、社会人にもなっていません
孫など、望むべきもありません
私は、まだまだ、死ぬわけにはいきません
人の一生は、時間ではなく
その人が何をしたかで考えるべきでしょう
特別に偉大なことをしなくとも
平凡な人生にも、仕事、家族、社会的義務や貢献
その人ならではの事績があります
記録に残らないものでも
人に親切にしたり、助けたりといった
人として、この世に生まれた価値を実践した事績もあるでしょう
母の生きた時間を想像しながら
一人の人間の一生について
結論の出ない、とりとめのない思考が
私の頭を駆け巡りました
先程、妻と墓参りをしてきました
母は、29年前、満60歳で亡くなりました
母の誕生日は3月18日
私の誕生日は3月30日
あと12日経つと
私は、母と同じ時間を生きたことになります
母の人生の短さを感じます
「もう、この段階で、お母さんは死んでしまったのだ」
そう考えると
人生の儚さを思わざるを得ません
でも、その時点で、母には6人の孫がいました
私には一人もいませんし
それどころか、私の子供達は、ただの一人も
結婚はおろか、社会人にもなっていません
孫など、望むべきもありません
私は、まだまだ、死ぬわけにはいきません
人の一生は、時間ではなく
その人が何をしたかで考えるべきでしょう
特別に偉大なことをしなくとも
平凡な人生にも、仕事、家族、社会的義務や貢献
その人ならではの事績があります
記録に残らないものでも
人に親切にしたり、助けたりといった
人として、この世に生まれた価値を実践した事績もあるでしょう
母の生きた時間を想像しながら
一人の人間の一生について
結論の出ない、とりとめのない思考が
私の頭を駆け巡りました