昨日書いた母のエピソードは
以前にも、このブログで取り上げました
なぜ、繰り返したかというと
これが私の戦争観の原点だからです
今後も、何度も、取り上げることになるでしょう

戦争とは何か
その答は、人によって違うでしょう
戦争については、あまりに多くのことが語られています
しかも、その内容はショッキングです
しかしそれらは、私にとっては
経験を離れた”知識”でしかありません
そこで、せめて、肉親の経験にだけには、こだわりたいのです

父の戦争体験はどうだったでしょう

私の知る限り、父は二度、空襲を受けています
一度は、徴兵された義兄を甲府まで送った後
帰りに八王子で遭遇した空襲
もう一度は、家の庭で、上空から狙撃されたのです

一発の銃弾が、家の庭で、父の近くに撃ち込まれました
上空を見ると、米軍機が飛んで行ったのでした
それは東京が空襲された日だったと、父は語りました
たった一発ですから、機銃掃射ではなく
コックピットから拳銃で狙い撃ちされたと考えられます
狙撃者は、ハンティングでもするかのように
農家の庭にいた少年を狙い撃ちしたのです

母が住んでいた寒川町は、相模工廠という軍需工場があり
そこを攻撃に来た米軍機が
帰りに、農村を機銃掃射していたのです
農村の子供や女性を、上空から追い回すように撃ち続けたのです
戦争中、日本人は、敵を”鬼畜米英”と呼びましたが
まさに、彼らは”鬼畜”だったのです