昨日の「名古屋弾丸ツアー」の印象は強烈でした
私としては、当初は、知人も交えて
楽しい小旅行を企画した程度の気持ちでしたが

古戦場といっても、市街化が進んだ現在では
それらしい場所に、記念碑がある程度であろうと
私は、想像していたのでした
そして、確かに、その通りではあったのですが・・・

ボランティアの方の説明により
実際に、地中から鎧甲が出土するとか
明治時代の初めまでは、地元の農家では
戦場で拾った鎧甲を保存していたとの事実を知り
戦場のリアリティーを感じたのでした

ボランティアの方の説明では
戦場となった当時、ここは松林であったということでした
私は、この点には疑問を感じました
私の考えでは、ここは雑木林だったはずです
関東以南では、針葉樹の自然林は存在しません
松林であるとするなら、人工林なのです
しかし、当時のこの地は
人工林を整備する余裕は無かったはずだからです

当時の桶狭間の一帯は
今川方の城があれば、織田方の砦ができるという状況で
まるで碁石を並べたように
双方の城と砦が、入り組んで配置されているのです
つまり、国境線の未確定な係争地、紛争地帯だったわけです
落ち着いて人工林を整備できる状況ではありません
それに、雨宿りをするなら、広葉樹の下を選ぶでしょう