私は「唐入り」が織田信長のアイデアであると知って
豊臣秀吉による「朝鮮征伐」の謎が解けました
あれは、信長のアイデアを秀吉が誤解したために失敗したのです

「唐入り」が信長のアイデアなのか
それとも、秀吉のアイデアなのかは、論争があるそうです
私に言わせれば
すくなくとも、秀吉のアイデアではありません
したがって・・・信長のアイデアということになります

秀吉は、奇抜で精緻な作戦を実行することで知られています
作戦の細部に至るまで、自分で考え抜き
部下を的確に配し、正確に、実行させるのです
自分で考え、練り上げた作戦であり
部下を完全に掌握しているからこそ、実行できる作戦なのです

「朝鮮征伐」には、そうした豊臣秀吉らしさがありません

戦闘自体は、一時的には、朝鮮半島全域を征服するほどでしたから
失敗とは言えませんが、用兵は、ちぐはぐだったようです
しかも、この戦争の過程で、加藤清正や福島正則らと
小西行長や石田三成らとの対立が発生するなど
家臣間の反目を生みだし、結果として、豊臣家滅亡の遠因ともなりました
豊臣秀吉にとっては、大失敗の戦争ということになります

何故、こんなことになってしまったのでしょう?
ズバリ、豊臣秀吉が考えた戦争ではなかったからです
織田信長の遺志であったのですが
秀吉には、その意味が、よく分からなかったためです
大将が、意味も分からず始めた戦争は、家臣に意味が分かるはずがなく
早く止めて欲しいというのが
家臣達や関係者の本音になってしまったのです