織田信長亡き後
織田政権後継者の地位を得た豊臣秀吉は

「九州征伐」

「バテレン禁止令」

「大阪城の築城」

「小田原征伐」

「徳川家康の関東移封」

・・・織田信長が残した課題を
一つ一つ、確実に、片付けていきました

これらは、面白いほど上手くいきました
秀吉は、あらためて
信長の先見の明と、見事な戦略思考に感嘆したはずです

それはまるで、織田信長社長が作っておいた
最上階の社長室直通エレバーターに
役員の一人に過ぎなかった秀吉が
社長に代わって、乗ってしまったようなものででした
当の豊臣秀吉自身が、一番、それを感じたことでしょう

そして、秀吉は、思ったはずです

「やはり、信長様は凄い!」

「信長様のやろうとしたことをすれば、間違い無い!」

秀吉は、決意しました・・・いよいよ、その時が来た

「唐入り」(シナ大陸進出)だ!

シナ大陸に侵攻するためには、朝鮮を通らなければなりません
そこで、シナに入る前に
豊臣秀吉は、朝鮮を臣従させることにしました

「なに?朝鮮が従わないだと?朝鮮征伐だ!」

ということに、なってしまったのです

これが、豊臣秀吉による「朝鮮征伐」の始まりです
日本人は、誰一人として、その意味が分からず
さらに、何も分からない朝鮮にとっては、とんでもない話でした