徳川家康が織田信長に関東移封を内諾した後

「本能寺の変」

により、織田信長は亡くなりました

「徳川家康の関東移封」

も、それっきりになってしまいました

しかし、この後
信長に変わって、豊臣秀吉が天下人となると
秀吉と家康の会談によって
この大きな政治テーマが復活したのです

徳川家康が上洛を決め
大阪城登城の前夜、秀吉の弟、豊臣秀長の家にいると
密かに、秀吉が訪ねてきました
明日の登城の打ち合わせのためです

二人は「本能寺の変」以降の
目まぐるしい変化を、振り返りました
本来であれば、協力して事態の収拾を図るべき二人は
あろうことか、戦うはめになってしまいました
(小牧長久手の戦い)
秀吉にしてみれば、その間の行き違いをただし
家康の誤解を解きたいと考えたのです

秀吉は、自分が織田信長からいかなる指令を受けていたか
その説明を徳川家康にすることで
「本能寺の変」以降の
自分の行動の理由を説明しました

これを聞いた家康は、秀吉の真意を理解し
自分もまた、信長から受けていた指令を話し
お互いの理解を図り、今後の方針を決めようとしたのです
家康が話したのは、勿論、「関東移封」のことでした