刀や槍が主力兵器である中世の戦いでは
兵士の数が戦いの勝敗を決します
敵が10倍いたのでは、野戦での勝ち目はありません
今川と織田の兵力差は、問題外と言うしかないものでした
尾張の清洲城での軍議は、籠城派が大勢を占めました
攻城戦では、攻撃側は、3倍から10倍の兵力を必要とすると言われています
守る側から言わせれば、十分の一の兵力でも、なんとかなるわけです
しかし
籠城が意味を持つのは、援軍が来る見込みのある場合と
攻城側の補給が続かなくなる場合だけです
清洲城に援軍が来る予定はありません
そして、今川軍団の背後には、東海道伝いに、三河、遠江、駿河と
今川の所領が続き、補給が絶えることはないのです
織田信長には、籠城の意思はありませんでした
今川善元を迎え撃つ作戦は
信長の頭の中だけにあったのです
先鋒の松平元康(徳川家康)率いる三河勢とは戦わない
迂回して後続を断ち、孤立させて、調略する
その後、尾張三河連合軍を形成し
今川勢に対峙し、戦線が膠着した状態に持ち込む
そこで、信長自ら精鋭部隊を率いて、今川義元本陣を急襲し
今川義元の首級をあげることだけに集中する
以上が
織田信長が考えた勝利の方程式でした
10倍の敵に、万に一つの勝利を得る方法は
これ以外に考えられませんでした
織田信長は、この作戦を誰にも明かしませんでした
激しい骨肉の争いを制して権力を得た信長には
味方の中に敵が居るのは、当然の前提だったからです
作戦に関する情報は、一旦漏れてしまえば
城の石垣すら簡単にすり抜けて、敵側に伝わってしまうものだからです
作戦が敵側に知られてしまえば、敗北と死につながります
敵を欺くには、まず、味方から欺かなければなりません
ただし、作戦を知らない味方を、いかに誘導するか?
その答が、幸若舞から戦勝祈願に至る、信長の演出だったのです
信長から事前に指示を受けていたのは
おそらく、騎馬の得意な5人の小姓達だけだったでしょう
「俺が城を出たら、直ちに、全力で後を追えるように・・・準備しておけ」
・・・たったそれだけの指示を、5人の小姓にしただけで
信長は、ひたすら、その”時”を待っていたのでした
兵士の数が戦いの勝敗を決します
敵が10倍いたのでは、野戦での勝ち目はありません
今川と織田の兵力差は、問題外と言うしかないものでした
尾張の清洲城での軍議は、籠城派が大勢を占めました
攻城戦では、攻撃側は、3倍から10倍の兵力を必要とすると言われています
守る側から言わせれば、十分の一の兵力でも、なんとかなるわけです
しかし
籠城が意味を持つのは、援軍が来る見込みのある場合と
攻城側の補給が続かなくなる場合だけです
清洲城に援軍が来る予定はありません
そして、今川軍団の背後には、東海道伝いに、三河、遠江、駿河と
今川の所領が続き、補給が絶えることはないのです
織田信長には、籠城の意思はありませんでした
今川善元を迎え撃つ作戦は
信長の頭の中だけにあったのです
先鋒の松平元康(徳川家康)率いる三河勢とは戦わない
迂回して後続を断ち、孤立させて、調略する
その後、尾張三河連合軍を形成し
今川勢に対峙し、戦線が膠着した状態に持ち込む
そこで、信長自ら精鋭部隊を率いて、今川義元本陣を急襲し
今川義元の首級をあげることだけに集中する
以上が
織田信長が考えた勝利の方程式でした
10倍の敵に、万に一つの勝利を得る方法は
これ以外に考えられませんでした
織田信長は、この作戦を誰にも明かしませんでした
激しい骨肉の争いを制して権力を得た信長には
味方の中に敵が居るのは、当然の前提だったからです
作戦に関する情報は、一旦漏れてしまえば
城の石垣すら簡単にすり抜けて、敵側に伝わってしまうものだからです
作戦が敵側に知られてしまえば、敗北と死につながります
敵を欺くには、まず、味方から欺かなければなりません
ただし、作戦を知らない味方を、いかに誘導するか?
その答が、幸若舞から戦勝祈願に至る、信長の演出だったのです
信長から事前に指示を受けていたのは
おそらく、騎馬の得意な5人の小姓達だけだったでしょう
「俺が城を出たら、直ちに、全力で後を追えるように・・・準備しておけ」
・・・たったそれだけの指示を、5人の小姓にしただけで
信長は、ひたすら、その”時”を待っていたのでした