前回「水戸学」について
知った風なことを書いてしまったので
慌てて、簡単に調べてみました

すると、驚いたことに

「尊皇攘夷」

は「水戸学」から出た言葉であることを知りました
浅学を恥じるばかりですが
見当違いのことを書かずに安心しました

徳川御三家の一つである水戸藩が
よりによって、結果として
徳川幕府を倒すスローガンを作ってしまったのです

幕末の幕府の基本方針は

「尊皇開国」

に変化せざるを得ませんでした
しかし、それは朝廷から賛同を得られず
なし崩し的に、独断で強行せざるを得なくなったのです
むしろ「尊皇」にこだわったことが
幕府の足を引っ張りました

もし幕府が「尊皇」にこだわらず
それまで通り、朝廷に相談せず、政策を実行していれば
あれほどの危機は招かなかったことでしょう
幕府の持っていた「尊皇」こそが
幕府を窮地に陥らせたのです

この点で、長州と薩摩は、まるで違いました
長州は御所を攻撃し、天皇を拉致しようとしましたし
薩摩の西郷隆盛は、天皇を「玉」と呼び
有力な”持ち駒”程度にしか考えていませんでした
彼らの「尊皇」は口先だけであり
天皇の政治利用しか考えていなかったのです
しかし、政治的に勝者となったのは彼らでした