明治維新の時に
官軍と称する賊軍が掲げた

「尊皇攘夷」

のスローガンは、名目的な物でした

長州は、御所に向かって大砲を放ち
天皇を拉致することすら計画していました
薩摩の西郷隆盛は、天皇を「玉」と呼び
完全に、道具扱いしていました
長州や薩摩が考えていたのは、天皇の政治利用だけでした

江戸時代にあって
それほどまでに天皇の権威は絶大でした
何故かと言えば
徳川幕府の政策が「尊皇攘夷」だったからです

徳川幕府は、皇室の安定のための手立てをし
その一方で、キリスト教を禁じました
厳しい出入国制限をし、貿易を管理しました

「尊皇攘夷」

こそは
徳川幕府の基本政策だったのです