憲法9条について、少し話したいと思います
この条文は、戦力放棄を謳ったもので
日本国憲法の最大の特徴です
この条文は、日本を永久に立ち上がらせないため
進駐軍が日本に押しつけたものであるというのが従来の解釈です
その通りと言いたいのですが・・・違います
憲法9条は吉田茂が入れた条文なのです
さすがのアメリカも、この条文には驚きました
しかし、日本側から言い出したのですから、反対しません
彼らの意図通り、日本の無力化そのものだからです
なぜ、吉田茂は、こんなことをしたのでしょう?
吉田は、戦争中は軍部、とりわけ陸軍に嫌われました
さんざん嫌がらせを受け、自宅にスパイまで送り込まれました
吉田茂の軍人嫌い、特に陸軍嫌いは強烈なものがありました
吉田は、日本を愚かな戦争に導き、惨憺たる敗北に至らしめたのは
軍人、特に、陸軍軍人であると考えていたのでした
さらに、軍人達の中には共産主義に染まった者が多いことも
吉田の軍人嫌いの理由でした
吉田茂は、公職追放された旧軍人達を復活させたくなかったのです
理由は、それだけではありません
吉田茂といえば英国大使のキャリアが有名ですが
それ以前には、シナ大陸での外交官経験もありました
吉田は、シナとシナ人をよく知っていました
彼の知るシナは、軍閥が群雄割拠し、一つにまとまることなく
泥沼のような内戦を永遠に続ける国でした
吉田達が日本国憲法を作った時期は
シナ大陸では、蒋介石の国民党軍と毛沢東の共産党軍が
生きるか死ぬかの戦いをしていたのです
もし、この時点で、日本軍が復活したら
アメリカは、シナ内戦に介入し、日本人を兵士として使うであろう
そんなことは、吉田茂には、お見通しだったのです
後年、ベトナム戦争に韓国軍が使われたように・・・
第二次大戦中、日本軍はアジア地域でイギリスと戦いました
捕虜になった兵士の多くは肌の色の黒い人々でした
インドやアフリカの兵士が
イギリス軍として日本軍と戦っていたのでした
吉田茂は、イギリス人もアメリカ人も
そういうことをする民族であることをよく知っていたのです
まして、日本中が焼け野原になった敗戦直後
吉田茂は、軍備は後回しにして
経済再建を最優先にしたかったのです
シナ大陸の内戦は、吉田の予想よりも早く
1949年に、毛沢東の共産軍の勝利で終わりました
しかし、その後に起きた朝鮮戦争とベトナム戦争は
まさに、吉田が予想したことが、アジア大陸で起きたことを意味します
憲法9条があったおかげで
日本人は、朝鮮でもベトナムでも、戦わずにすみました
そればかりか、その間に経済の高度成長まで実現させてしまったのです
その意味では
吉田茂は、見事な政治的決定をしたのであり
憲法9条サマサマということになります
日本中に憲法9条信者が無数に存在するのは
それなりに理由があるのです
吉田自身は、将来、適当なタイミングで
憲法は改正すべきであり、実際、そうなると考えていました
今から振り返れば
ベトナム戦争終結時点が最適なタイミングでした・・・
軍国主義の時代に
軍部と孤独な闘いをした吉田茂には
日本人が、こんなにまで平和主義に変わってしまうとは
予想もできなかったことでしょう
この条文は、戦力放棄を謳ったもので
日本国憲法の最大の特徴です
この条文は、日本を永久に立ち上がらせないため
進駐軍が日本に押しつけたものであるというのが従来の解釈です
その通りと言いたいのですが・・・違います
憲法9条は吉田茂が入れた条文なのです
さすがのアメリカも、この条文には驚きました
しかし、日本側から言い出したのですから、反対しません
彼らの意図通り、日本の無力化そのものだからです
なぜ、吉田茂は、こんなことをしたのでしょう?
吉田は、戦争中は軍部、とりわけ陸軍に嫌われました
さんざん嫌がらせを受け、自宅にスパイまで送り込まれました
吉田茂の軍人嫌い、特に陸軍嫌いは強烈なものがありました
吉田は、日本を愚かな戦争に導き、惨憺たる敗北に至らしめたのは
軍人、特に、陸軍軍人であると考えていたのでした
さらに、軍人達の中には共産主義に染まった者が多いことも
吉田の軍人嫌いの理由でした
吉田茂は、公職追放された旧軍人達を復活させたくなかったのです
理由は、それだけではありません
吉田茂といえば英国大使のキャリアが有名ですが
それ以前には、シナ大陸での外交官経験もありました
吉田は、シナとシナ人をよく知っていました
彼の知るシナは、軍閥が群雄割拠し、一つにまとまることなく
泥沼のような内戦を永遠に続ける国でした
吉田達が日本国憲法を作った時期は
シナ大陸では、蒋介石の国民党軍と毛沢東の共産党軍が
生きるか死ぬかの戦いをしていたのです
もし、この時点で、日本軍が復活したら
アメリカは、シナ内戦に介入し、日本人を兵士として使うであろう
そんなことは、吉田茂には、お見通しだったのです
後年、ベトナム戦争に韓国軍が使われたように・・・
第二次大戦中、日本軍はアジア地域でイギリスと戦いました
捕虜になった兵士の多くは肌の色の黒い人々でした
インドやアフリカの兵士が
イギリス軍として日本軍と戦っていたのでした
吉田茂は、イギリス人もアメリカ人も
そういうことをする民族であることをよく知っていたのです
まして、日本中が焼け野原になった敗戦直後
吉田茂は、軍備は後回しにして
経済再建を最優先にしたかったのです
シナ大陸の内戦は、吉田の予想よりも早く
1949年に、毛沢東の共産軍の勝利で終わりました
しかし、その後に起きた朝鮮戦争とベトナム戦争は
まさに、吉田が予想したことが、アジア大陸で起きたことを意味します
憲法9条があったおかげで
日本人は、朝鮮でもベトナムでも、戦わずにすみました
そればかりか、その間に経済の高度成長まで実現させてしまったのです
その意味では
吉田茂は、見事な政治的決定をしたのであり
憲法9条サマサマということになります
日本中に憲法9条信者が無数に存在するのは
それなりに理由があるのです
吉田自身は、将来、適当なタイミングで
憲法は改正すべきであり、実際、そうなると考えていました
今から振り返れば
ベトナム戦争終結時点が最適なタイミングでした・・・
軍国主義の時代に
軍部と孤独な闘いをした吉田茂には
日本人が、こんなにまで平和主義に変わってしまうとは
予想もできなかったことでしょう