堺で「本能寺の変」を知った徳川家康一行の中に
”杉原家次”
が、いました
秀吉の妻・寧(ねい、ねね、おね)の叔父で、信長の家臣でした
いつの間にか、家康一行に紛れ込んでいたのです
杉原は、本能寺の変の勃発を知ると
家康一行から姿を消し、備中高松城に向かいました
堺からの海路なら
すくなくとも翌日までには
杉原は、備中高松城包囲中の秀吉の陣に到着できたでしょう
杉原家次により、本能寺の変を知るや
秀吉は、直ちに兵を京に向けます
事前に準備もしていましたし
和議の条件も、すでに毛利側と詰めてありました
秀吉は、城主の切腹だけで和議を終わらせました
城主・清水宗治を説得したのは安国寺恵瓊という僧侶です
毛利氏の外交を担当した怪僧です
秀吉とは極めて親しい関係でした
備中高松城は盆地にあります
わざわざ水攻めしなくとも、雨量が多いと周囲は水浸しになります
むしろ天然の水堀となり、防衛上有利です
城主が水攻めを恐れるなら
わざわざ、こんな所に城は作りません
あれは、水攻めならぬ”水守り”であったのかもしれません
私の家の近くにある大庭城址は、南に突き出た丘の上にあります
東を流れる引地川の流れをせき止め
周囲を湖のようにして、城を守ったという言い伝えが地元にあります
私は、備中高松城も、その様な城ではなかったかと思っています
城主・清水宗治は、毛利の援軍が到着するまで
城の周りに水を張り、籠城したのです
もし秀吉が、本気でここを攻略したかったなら
毛利の援軍が到着する前に、水を抜いて、さっさと城を落とすべきでした
圧倒的な兵力差があり、しかも平城なのですから
明智光秀の謀反を事前に察知していた秀吉にとって
備中高松城の水攻めは、格好の時間稼ぎになりました
兵を休め、いつでも動ける用意をしていたのです
”杉原家次”
が、いました
秀吉の妻・寧(ねい、ねね、おね)の叔父で、信長の家臣でした
いつの間にか、家康一行に紛れ込んでいたのです
杉原は、本能寺の変の勃発を知ると
家康一行から姿を消し、備中高松城に向かいました
堺からの海路なら
すくなくとも翌日までには
杉原は、備中高松城包囲中の秀吉の陣に到着できたでしょう
杉原家次により、本能寺の変を知るや
秀吉は、直ちに兵を京に向けます
事前に準備もしていましたし
和議の条件も、すでに毛利側と詰めてありました
秀吉は、城主の切腹だけで和議を終わらせました
城主・清水宗治を説得したのは安国寺恵瓊という僧侶です
毛利氏の外交を担当した怪僧です
秀吉とは極めて親しい関係でした
備中高松城は盆地にあります
わざわざ水攻めしなくとも、雨量が多いと周囲は水浸しになります
むしろ天然の水堀となり、防衛上有利です
城主が水攻めを恐れるなら
わざわざ、こんな所に城は作りません
あれは、水攻めならぬ”水守り”であったのかもしれません
私の家の近くにある大庭城址は、南に突き出た丘の上にあります
東を流れる引地川の流れをせき止め
周囲を湖のようにして、城を守ったという言い伝えが地元にあります
私は、備中高松城も、その様な城ではなかったかと思っています
城主・清水宗治は、毛利の援軍が到着するまで
城の周りに水を張り、籠城したのです
もし秀吉が、本気でここを攻略したかったなら
毛利の援軍が到着する前に、水を抜いて、さっさと城を落とすべきでした
圧倒的な兵力差があり、しかも平城なのですから
明智光秀の謀反を事前に察知していた秀吉にとって
備中高松城の水攻めは、格好の時間稼ぎになりました
兵を休め、いつでも動ける用意をしていたのです