強く正しくあることは理想です
しかしながら、強さと正しさには危険な関係があります
強い者は、しばしば、正しいとされてしまうからです

北朝鮮だって、文言だけなら、民主主義的憲法や法律はあるでしょう
国名だって”朝鮮民主主義人民共和国”です
その”民主主義”のもとで、あの独裁者は合法的存在なのです
つまり、彼の行為も存在も”正しい”のです

強い者は、結局、正しいとされてしまいます
その反対に、弱い者は、いつの間にか、悪者にされてしまうのです

万引きのえん罪を苦にして自殺した中学生は
曾野綾子によって
言語能力の貧しい者という烙印を押されてしまいました
そして曾野は、強い学校側の言い分を全面的に信用しています
弱い者は、いつの間にか、悪者にされ
強い者が正しいとされてしまう良い例です

作家と言えば、普通は小説家を意味し、評論家のことではありません
曾野綾子は、自称作家ですが
私は評論家としての曾野しか評価していませんでした
そして、この度、評論家としても老いたと思うようになりました

彼女は、強く正しい者の味方です
間違い無く”小説家太宰治”の作品は理解できないでしょう
太宰のような作品を書くことも出来ないでしょう
曾野が書けるのは、退屈な正義の理屈をこねくり回すような
つまらない小説だけでしょう

曾野綾子は、肩書きを、作家ではなく”評論家”に変えるべきです

小説家は、強く正しい者の味方ではありません
時に、悪漢を主人公にし、不道徳行為に美を見出します
弱い者の心の襞に分け入り、世間の建前とは別の真実を描きます
正義を振り回し、強い者の立場でしか物事を考えられない者を
私は、小説家とは認めません