今日で、丸5年になるわけですね
あの東日本大震災が起きてから・・・
新聞等が連日特集をしていますから
嫌でも、そのことは意識しますし
そこでまた、あまり、そのことを考えないようにもしています
新聞の軽薄に耐えられないからでもあります
あの日のことは、忘れません
前日、ちょうど2年越しのプロジェクトに区切りが付き
私はスターバックスコーヒーで、ひとり、午後の時間を過ごしていました
そこに、あの強烈な振動と
窓ガラスが割れるかという騒音がしたのです
最初に騒音がした窓が北東方向だったので
私は、震源は茨城県沖あたりと見当を付けました
しかし初期微動から大きな揺れまでの時間が長かったので
震源は遠いとも思いましたし、それにしては、揺れも大きいので
これは、間違い無く、巨大地震であると思いました
より震源に近い東京の被害は甚大であろうと・・・
私は、自分が
「歴史的大災害の同時代人になった」
と認識したのでした
家に帰ると、下の子二人がいたので、私の部屋に避難させました
私の部屋は、後から増築した平屋であり
平打ちの基礎コンクリートを打ってありますので
地震には強いはずだからです
家のテレビで津波の映像を見た時は、現実感がありませんでした
とてつもない大災害が起きたことは確かでした
たまたま、妻が学校に行っていたので
子供達は、妻の車に乗って帰ってくると思っていました
そこへ学校から連絡が入り
次男が小田急線大和駅に停車中の電車の中にいるとのことです
当時、次男は携帯電話を持っていませんでしたが
近くの席の女性が学校に連絡してくれたのです
私は小田急線六会日大前駅に行き、事情を話すと
駅員の説明では、電車は止まっているが
事情を話せば、大和駅には入れるだろうと言うことでした
その直後、娘の携帯と連絡が取れ、こちらに向かっているということでした
私は、大和駅に寄り、次男を乗せてくるように伝えました
その後、防災システムに異常が出たということで
私は、藤沢のマンションに向かいました
私が着いた時は、すでに処置が終わっていました
セコムの営業所で、少し話をしてから、帰宅しました
帰りに、高架の自動車専用道路に乗った時、安心したのを憶えています
藤沢にも津波が来ると伝えられていたからです
セコムでの話では、津波の高さは2メートルということでした・・・
妻の車には、娘の友達が一人乗っていました
彼女の家は茅ヶ崎の海岸近くです
私は、妻を止めようとしましたが、妻はさっさと行ってしまいました
今思い返すと、あの時点では
妻は、津波の映像を見ていなかったはずです
あの東日本大震災が起きてから・・・
新聞等が連日特集をしていますから
嫌でも、そのことは意識しますし
そこでまた、あまり、そのことを考えないようにもしています
新聞の軽薄に耐えられないからでもあります
あの日のことは、忘れません
前日、ちょうど2年越しのプロジェクトに区切りが付き
私はスターバックスコーヒーで、ひとり、午後の時間を過ごしていました
そこに、あの強烈な振動と
窓ガラスが割れるかという騒音がしたのです
最初に騒音がした窓が北東方向だったので
私は、震源は茨城県沖あたりと見当を付けました
しかし初期微動から大きな揺れまでの時間が長かったので
震源は遠いとも思いましたし、それにしては、揺れも大きいので
これは、間違い無く、巨大地震であると思いました
より震源に近い東京の被害は甚大であろうと・・・
私は、自分が
「歴史的大災害の同時代人になった」
と認識したのでした
家に帰ると、下の子二人がいたので、私の部屋に避難させました
私の部屋は、後から増築した平屋であり
平打ちの基礎コンクリートを打ってありますので
地震には強いはずだからです
家のテレビで津波の映像を見た時は、現実感がありませんでした
とてつもない大災害が起きたことは確かでした
たまたま、妻が学校に行っていたので
子供達は、妻の車に乗って帰ってくると思っていました
そこへ学校から連絡が入り
次男が小田急線大和駅に停車中の電車の中にいるとのことです
当時、次男は携帯電話を持っていませんでしたが
近くの席の女性が学校に連絡してくれたのです
私は小田急線六会日大前駅に行き、事情を話すと
駅員の説明では、電車は止まっているが
事情を話せば、大和駅には入れるだろうと言うことでした
その直後、娘の携帯と連絡が取れ、こちらに向かっているということでした
私は、大和駅に寄り、次男を乗せてくるように伝えました
その後、防災システムに異常が出たということで
私は、藤沢のマンションに向かいました
私が着いた時は、すでに処置が終わっていました
セコムの営業所で、少し話をしてから、帰宅しました
帰りに、高架の自動車専用道路に乗った時、安心したのを憶えています
藤沢にも津波が来ると伝えられていたからです
セコムでの話では、津波の高さは2メートルということでした・・・
妻の車には、娘の友達が一人乗っていました
彼女の家は茅ヶ崎の海岸近くです
私は、妻を止めようとしましたが、妻はさっさと行ってしまいました
今思い返すと、あの時点では
妻は、津波の映像を見ていなかったはずです