豊臣秀吉について調べてみました
実は、これまで一切、秀吉については何も調べずに書いてきたのです
さすがに気になったので、調べたくなりました

すると、意外にも、私の想像通り
秀吉の母は都の生活を知っている人のようです

さらに、面白いエピソードもありました
秀吉は悪知恵をはたらかせて
母親が宮中に参内した時に、天皇に召されて
そうして懐妊したのが自分であるというデマを流そうとしたのです
しかし、さすがにこの話には、当の母親が激怒し
取りやめになったそうです

秀吉の母親が、どのような出自か
おそらく、詳しいことは分からないでしょう
私にとっては、どうでもいいことです
彼女が、京都の宮廷を知る身分の出であったことに意味があるからです

秀吉の母親がいかなる身分の出であろうと
こうした運命に生きた女性が、我が子に対し
都落ちをし、貧しい百姓に嫁がなければならなかった我が身を嘆き
都での生活を理想化して、息子に語ったであろうことは
容易に想像できるからです

母親が語る、都や宮中の話が
秀吉をして、霧の向こうに見える一点の目標となったのです

戦国時代の足軽でありながら
秀吉には、武士として一国一城の主になることは
人生の目標とはなりませんでした
天下を取ることの意味も
武力で他を圧倒し従わせるということでは終わらないのです

うち続く戦乱の中で
秀吉もまた、目先のことで手一杯だったでしょう
そうした中にあっても
それだけで終わらないのが秀吉だったのです
もともと、先の先まで考える戦略の名手です
自分が天下を取り、その後になすべきことは、考えていたはずです

秀吉が織田信長に仕えたのも
信長こそが天下を取る人だと見込んだからかもしれません
漠然とではあっても、そんな予感があったのではないでしょうか?
その天下人のために働くことこそ
自分の使命だと考えていたのかもしれません