最近、豊臣秀吉のことが、頭から離れません
もともと、そんなに好きではなかったのですが
それは、私が、彼について
良くない先入観を持っていたためのようです

私の先入観は、間違っていました
まず、秀吉のスケールの大きさを理解していませんでした
地球規模でものを考えることのできる
戦国大名の典型が豊臣秀吉でした
しかも、その判断は的確でした

豊臣秀吉は、朝鮮出兵にあたって”国軍”を組織しました
日本軍として、朝鮮出兵をしたのです
秀吉は天下人の自覚がありましたから、当然、そうなるのです

秀吉は、天下を取ったから天下人の自覚があったのでしょうか?
私には、どうも、そうではなく
天下人になる前から
秀吉には、そうした意識があったように思えるのです

豊臣秀吉の行動を検討していくと
なんとなく、そんな気がしてきたのです
これが私にとっての、大きな発見だったのです
日本の覇者になることは、かれにとっては、既定の路線であり
その先にやるべきことに、すでに発想が行っていたからです

豊臣秀吉には、国としての日本を守ること
その先に、日本の安全を脅かす勢力に対し、国として立ち向かうこと
それらが、ごく自然に、行動プログラムとして、あったのです

なぜ、その様な人物が、当時の日本に現れたのでしょう?

私は、豊臣秀吉の出自に、その謎の答えを求めます
彼の父親は貧しい百姓です
しかし、母親の出自がはっきりしません
母方の家系には福島正則や加藤清正がいます・・・優秀な家系です

山岡荘八の書いた本の中で
豊臣秀吉は公家の家系だという説を読んだことがあります
そうであれば、それは母方の家系だったのではないでしょうか

豊臣秀吉は、幼時に、母親から公家という存在を知らされたのです
それは、とても理想化された公家だったのです
天皇を補佐し、国家のために働く、真の国家公務員としての公家です

秀吉は、出世し、天下人の自覚を持つようになると
理想化された公家、真の国家公務員としての
国家に奉仕する存在としての公家を理想としたのではないでしょうか?

豊臣秀吉は、征夷大将軍にはならず
関白という、公家の最高位にこだわりました
国軍を組織して、対外戦争としての朝鮮出兵をしたのは
公家としての、豊臣秀吉の自覚と矜持が
そうさせたのではないでしょうか?