私が戦国武将と平野の関係に注目したのは
たまたま、日本地図を見ていて
織田信長はもとより、上杉謙信も伊達政宗も
その領地が、広い平野であることに気付いたからです
「なあんだ、戦国武将の強さは、農業生産力の強さの結果だったのだ」
と、妙に納得してしまったのです
基本的に、この認識は間違っていないと考えています
毛利は、あの広い中国地方を支配しましたが
山ばかりの中国地方の農業生産力は低く
とても、外の平野に攻め込むだけの余力は無かったのです
九州、四国についても、同様の解釈ができます
甲斐の武田も同じことです
甲府盆地は、それなりの広さがありますが
日本全体から見れば、小さな盆地に過ぎません
ただし私は、農業生産力の差だけで
すなわち、食糧生産力の差だけで、戦国武将の実力を説明するのは
なんだか釈然としませんでした
どうしても、他の要因を考えたくなるのでした
現代のハイテク兵器の時代ではありません
武士の戦の帰趨を決めるのは、兵員の数が最重要項目です
そのために、何より重要なのは、領地の食糧生産力にはちがいありません
問題は、それだけか?・・・ということになるのです
そこで、武器について考えてみました
刀、槍、弓矢・・・全て、鉄と木や竹、羽毛、皮革で出来ています
日本全国、どこでも手に入る材料です
日本全国の武士達は、武器の調達には苦労しなかったはずです
やはり、人員の確保、そのための食糧生産が最重要だったことになります
それだけだろうか?・・・はたと、私は気付きました
”馬”・・・です
武家社会の最重要兵器は馬なのです
優秀な騎馬部隊が野戦での勝敗を左右するのです
武士は、良い馬を持つことに、良い刀を持つこと以上にこだわりました
鉄砲が登場し、弓は戦場の主役から姿を消しました
しかし、馬の持つ機動力は、ほかに代わるものが無く
日露戦争の時代まで、騎兵は重要な役割を演じました
馬が戦場の主役で無くなったのは
自動車や戦車が登場する、第一次世界大戦以降です
馬の大量生産は、平野の武士に、圧倒的に有利です
食糧だけではなく、馬の生産力によって
広い平野を支配する武士達は、実力を備えていったのです
戦場では、人命とともに、多くの馬が消耗されたはずです
名も無き兵士の骨は、馬の骨と一緒に処分されたのかもしれません
あの
「どこの馬の骨とも分からない」
という奇妙な表現は
戦場で命を落とした名も無き兵士の謂いであったのかもしれません
たまたま、日本地図を見ていて
織田信長はもとより、上杉謙信も伊達政宗も
その領地が、広い平野であることに気付いたからです
「なあんだ、戦国武将の強さは、農業生産力の強さの結果だったのだ」
と、妙に納得してしまったのです
基本的に、この認識は間違っていないと考えています
毛利は、あの広い中国地方を支配しましたが
山ばかりの中国地方の農業生産力は低く
とても、外の平野に攻め込むだけの余力は無かったのです
九州、四国についても、同様の解釈ができます
甲斐の武田も同じことです
甲府盆地は、それなりの広さがありますが
日本全体から見れば、小さな盆地に過ぎません
ただし私は、農業生産力の差だけで
すなわち、食糧生産力の差だけで、戦国武将の実力を説明するのは
なんだか釈然としませんでした
どうしても、他の要因を考えたくなるのでした
現代のハイテク兵器の時代ではありません
武士の戦の帰趨を決めるのは、兵員の数が最重要項目です
そのために、何より重要なのは、領地の食糧生産力にはちがいありません
問題は、それだけか?・・・ということになるのです
そこで、武器について考えてみました
刀、槍、弓矢・・・全て、鉄と木や竹、羽毛、皮革で出来ています
日本全国、どこでも手に入る材料です
日本全国の武士達は、武器の調達には苦労しなかったはずです
やはり、人員の確保、そのための食糧生産が最重要だったことになります
それだけだろうか?・・・はたと、私は気付きました
”馬”・・・です
武家社会の最重要兵器は馬なのです
優秀な騎馬部隊が野戦での勝敗を左右するのです
武士は、良い馬を持つことに、良い刀を持つこと以上にこだわりました
鉄砲が登場し、弓は戦場の主役から姿を消しました
しかし、馬の持つ機動力は、ほかに代わるものが無く
日露戦争の時代まで、騎兵は重要な役割を演じました
馬が戦場の主役で無くなったのは
自動車や戦車が登場する、第一次世界大戦以降です
馬の大量生産は、平野の武士に、圧倒的に有利です
食糧だけではなく、馬の生産力によって
広い平野を支配する武士達は、実力を備えていったのです
戦場では、人命とともに、多くの馬が消耗されたはずです
名も無き兵士の骨は、馬の骨と一緒に処分されたのかもしれません
あの
「どこの馬の骨とも分からない」
という奇妙な表現は
戦場で命を落とした名も無き兵士の謂いであったのかもしれません