今日の産経新聞の一面に
私にとって、きわめて興味深い記事がありました
「芦田メモ」
に関する記事です
これは日米安保条約の原型となる提案です
片山内閣の副総理・外務大臣であった芦田均が
占領軍ナンバー2であったアイケルバーガー米陸軍中将に送ったものです
あくまで日本の非武装を主張し
日本の防衛は国連軍がすると考えるマッカーサーに対し
米ソ対立を見越し、より現実的な防衛政策として
米軍が日本に駐留して、日本の防衛に当たるという
現在の日米安保体制の原型となるアイデアです
吉田茂も、このメモのことは知っていました
そして
「日米安全保障体制の基本をなす考え方と全く同一のものであった」
と、評価していたのです
私は、不勉強にして、このことを、全く知りませんでした
実際、従来の学説では、このメモの存在は知られていても
その影響力は無かったとされていたのでした
ところが実際は、このメモは米国の有力者に読まれており
日米安保体制を導く原案となっていたらしいのです
私が驚いたのは
ここでの片山哲の関与の程度は分かりませんが
片山内閣の時に、日米安保体制の原案が提示されていたことです
私は、片山哲と日米安保は、まったく関係無いと思っていました
私は、片山内閣こそ
戦後日本の内政の基本を作り上げた
偉大な内閣であると考えていました
そして
戦後日本の外交と防衛の基本は
吉田内閣が作ったと考えていたのです
しかしどうやら
戦後日本の政治体制は、内政も外交も
片山内閣の時代に作られていたようなのです
片山哲と芦田均は、ともに明治20年生まれ、東大法学部卒です
この二人が友人であったかどうかは知りませんが
気が合う仲であったことは間違い無く
片山哲は、総理大臣を辞任した後、その地位を芦田均に禅譲しています
芦田均は、有名な
「芦田修正」
によって
憲法9条の規定を
自衛のための防衛力の保持を可能としたことで知られています
片山哲も、芦田均も
地味ながら、恐るべき政治家です
私にとって、きわめて興味深い記事がありました
「芦田メモ」
に関する記事です
これは日米安保条約の原型となる提案です
片山内閣の副総理・外務大臣であった芦田均が
占領軍ナンバー2であったアイケルバーガー米陸軍中将に送ったものです
あくまで日本の非武装を主張し
日本の防衛は国連軍がすると考えるマッカーサーに対し
米ソ対立を見越し、より現実的な防衛政策として
米軍が日本に駐留して、日本の防衛に当たるという
現在の日米安保体制の原型となるアイデアです
吉田茂も、このメモのことは知っていました
そして
「日米安全保障体制の基本をなす考え方と全く同一のものであった」
と、評価していたのです
私は、不勉強にして、このことを、全く知りませんでした
実際、従来の学説では、このメモの存在は知られていても
その影響力は無かったとされていたのでした
ところが実際は、このメモは米国の有力者に読まれており
日米安保体制を導く原案となっていたらしいのです
私が驚いたのは
ここでの片山哲の関与の程度は分かりませんが
片山内閣の時に、日米安保体制の原案が提示されていたことです
私は、片山哲と日米安保は、まったく関係無いと思っていました
私は、片山内閣こそ
戦後日本の内政の基本を作り上げた
偉大な内閣であると考えていました
そして
戦後日本の外交と防衛の基本は
吉田内閣が作ったと考えていたのです
しかしどうやら
戦後日本の政治体制は、内政も外交も
片山内閣の時代に作られていたようなのです
片山哲と芦田均は、ともに明治20年生まれ、東大法学部卒です
この二人が友人であったかどうかは知りませんが
気が合う仲であったことは間違い無く
片山哲は、総理大臣を辞任した後、その地位を芦田均に禅譲しています
芦田均は、有名な
「芦田修正」
によって
憲法9条の規定を
自衛のための防衛力の保持を可能としたことで知られています
片山哲も、芦田均も
地味ながら、恐るべき政治家です