吉田茂と片山哲にはいくつかの共通点があります
東大法学部の出身であること
戦前は軍部と対立したこと
戦後に総理大臣になったこと
そして
人生の後半生を、亡くなるまで
湘南の海辺の町で暮らしたこと・・・でした
さらに言えば
十分な資質を持った息子を持ちながら
息子に政治家を継がせなかったこと・・・です
吉田健一のエッセイが私は好きです
あれを読むたびに
この人は父親以上に政治家に向いていたのではないか
と、私は思います
心に余裕があって
確かな教養と知性があり、観察力もあって
傲岸不遜な父親とは違うタイプの
とてもよい政治家になったのではないかと思うのです
片山哲の息子、片山民夫にも
じつは、独自の政治的センスがありました
片山君は、私の父の目から見ると
やせた、おだやかな少年でした
ある時、学校で生徒のストライキ事件が発生します
なんと指導者は片山君でした
おだやかな片山君が、そんなことをするのを
父は、とても驚いたといいます
その時の片山君は、ノンポリで役立たずの私の父などには
声もかけず、気付かれもせず
確実に生徒達を組織化していたのです
中学生ながら、大した政治的センスというべきです
彼が政治家になれば
対人関係が今ひとつ不器用な片山哲とは違うタイプの
組織力を生かせる政治家になったような気がします
ひるがって、現在の政治家をみると
本人にも、大した能力があったとも思えないのに
さらに、しょうもない馬鹿息子や馬鹿娘に
当たり前のように、政治家という職業が世襲されています
田中角栄は、政治家の二代目を可愛がり
政治資金の世話から、選挙戦の戦い方まで、事細かく指導し
彼らを自陣営にに取り込み、勢力を拡大しました
さらに、彼らに公共事業の利権構造が引き継がれ
いつの間にか、政治家は”家業”になってしまいました
世襲政治家の問題は
田中角栄形政治の負の遺産と言うべきことかもしれません
ここでは{片山吉田体制」は見事に終焉しているのです
片山や吉田の持っていた見識は、田中角栄には無縁であり
多くの政治家にとっても、無縁のようです
東大法学部の出身であること
戦前は軍部と対立したこと
戦後に総理大臣になったこと
そして
人生の後半生を、亡くなるまで
湘南の海辺の町で暮らしたこと・・・でした
さらに言えば
十分な資質を持った息子を持ちながら
息子に政治家を継がせなかったこと・・・です
吉田健一のエッセイが私は好きです
あれを読むたびに
この人は父親以上に政治家に向いていたのではないか
と、私は思います
心に余裕があって
確かな教養と知性があり、観察力もあって
傲岸不遜な父親とは違うタイプの
とてもよい政治家になったのではないかと思うのです
片山哲の息子、片山民夫にも
じつは、独自の政治的センスがありました
片山君は、私の父の目から見ると
やせた、おだやかな少年でした
ある時、学校で生徒のストライキ事件が発生します
なんと指導者は片山君でした
おだやかな片山君が、そんなことをするのを
父は、とても驚いたといいます
その時の片山君は、ノンポリで役立たずの私の父などには
声もかけず、気付かれもせず
確実に生徒達を組織化していたのです
中学生ながら、大した政治的センスというべきです
彼が政治家になれば
対人関係が今ひとつ不器用な片山哲とは違うタイプの
組織力を生かせる政治家になったような気がします
ひるがって、現在の政治家をみると
本人にも、大した能力があったとも思えないのに
さらに、しょうもない馬鹿息子や馬鹿娘に
当たり前のように、政治家という職業が世襲されています
田中角栄は、政治家の二代目を可愛がり
政治資金の世話から、選挙戦の戦い方まで、事細かく指導し
彼らを自陣営にに取り込み、勢力を拡大しました
さらに、彼らに公共事業の利権構造が引き継がれ
いつの間にか、政治家は”家業”になってしまいました
世襲政治家の問題は
田中角栄形政治の負の遺産と言うべきことかもしれません
ここでは{片山吉田体制」は見事に終焉しているのです
片山や吉田の持っていた見識は、田中角栄には無縁であり
多くの政治家にとっても、無縁のようです