昨日は三男の小学 校卒業式でした
もし、それが無ければ、私にとっては
「母の誕生日」
でした
昭和3年生まれの母は
健在であれば、満86歳ということになります
実際には、満60歳の9月に亡くなりましたから
もう25年以上の月日が流れたわけです
四半世紀の歳月が過ぎ去ったわけです
私は、満50歳を過ぎてから
母の人生が、案外、短いものであったと感じるようになりました
そして、あと3年あまりで
私は母と同じ長さの時間を生きたことになるのです
母の人生は、こんなに短かったのだと、あらためて思います
自分が生まれた時には
母はすでに母であり、大人であったわけですから
子供の私から見れば、すでに随分長い人生を生きてきていると思われたわけです
ところが、実際は、人の人生なんて、案外、短いものなのですね
もし、それが無ければ、私にとっては
「母の誕生日」
でした
昭和3年生まれの母は
健在であれば、満86歳ということになります
実際には、満60歳の9月に亡くなりましたから
もう25年以上の月日が流れたわけです
四半世紀の歳月が過ぎ去ったわけです
私は、満50歳を過ぎてから
母の人生が、案外、短いものであったと感じるようになりました
そして、あと3年あまりで
私は母と同じ長さの時間を生きたことになるのです
母の人生は、こんなに短かったのだと、あらためて思います
自分が生まれた時には
母はすでに母であり、大人であったわけですから
子供の私から見れば、すでに随分長い人生を生きてきていると思われたわけです
ところが、実際は、人の人生なんて、案外、短いものなのですね