宮城県の防潮堤工事を批判するコラムを書いた後
宮城県の知人にこの問題を質すと
あれは、もともとあった防潮堤が津波で壊れたのと
地盤沈下で低くなってしまったのを、補修補強嵩上げしたもので
津波対策を主とした防潮堤工事ではないということでした
それならそれで、報道は、そのことを正しく書くべきです
あたかも津波対策の防潮堤工事のごとく書いているわけで
これでは読者に誤解を招きます
被災地の記事は、わざと美談に仕立てたものや
今回の防潮堤工事に関する記事のように、意味の通らないものがあります
記者が先入観に支配されてしまっていたり
はじめから、書く内容を決めつけているためです
そこには、独自取材や発見がありません・・・正しい問題提起もありません
記者が、自分の頭で考え
自分の目で見たもの、自分が会った人から直接聞いた話などを
正確にトレースするならば
こうした先入観に支配された記事にはならないはずです
固定観念とステレオタイプによって、記事は意味をなさなくなってしまっています
現地に行かなくても書ける記事や、意味の通らない記事・・・
記者に問題意識が無く、会社の命令で現地入りし
何か書かなければいけないという義務感だけしかない場合
無意味な記事を書く危険があります
編集者も現場を知りませんから、ステレオタイプの記事を無批判に載せてしまいます
読者は、真実を知ることから遠ざけられるばかりか
誤解によって、間違った悪感情を抱いてしまう危険もあるのです
宮城県の知人にこの問題を質すと
あれは、もともとあった防潮堤が津波で壊れたのと
地盤沈下で低くなってしまったのを、補修補強嵩上げしたもので
津波対策を主とした防潮堤工事ではないということでした
それならそれで、報道は、そのことを正しく書くべきです
あたかも津波対策の防潮堤工事のごとく書いているわけで
これでは読者に誤解を招きます
被災地の記事は、わざと美談に仕立てたものや
今回の防潮堤工事に関する記事のように、意味の通らないものがあります
記者が先入観に支配されてしまっていたり
はじめから、書く内容を決めつけているためです
そこには、独自取材や発見がありません・・・正しい問題提起もありません
記者が、自分の頭で考え
自分の目で見たもの、自分が会った人から直接聞いた話などを
正確にトレースするならば
こうした先入観に支配された記事にはならないはずです
固定観念とステレオタイプによって、記事は意味をなさなくなってしまっています
現地に行かなくても書ける記事や、意味の通らない記事・・・
記者に問題意識が無く、会社の命令で現地入りし
何か書かなければいけないという義務感だけしかない場合
無意味な記事を書く危険があります
編集者も現場を知りませんから、ステレオタイプの記事を無批判に載せてしまいます
読者は、真実を知ることから遠ざけられるばかりか
誤解によって、間違った悪感情を抱いてしまう危険もあるのです