自由は土地の私有権が確立していなければ、担保できません
そして、自由の無いところに、民主主義は存在できません
一人一人の人間が、自由に見たり聞いたり考えたりできなければ
民主主義の原理である多数決は、間違った方向に進むでしょう
多数決が正しいのではありません
いくら考えても、正しい答えが出ない場合、多数決で決するしかないのです
なるべくなら、多数決など採らず、誰もが正しいと思われる決定がなされるのが望ましいのです
なんでも多数決が正しいとしたら、一種のニヒリズムです
科学的真理などは、初めは、少数者の主張から始まります
実験と観測を積み重ねながら、少しずつ賛同者が増えていき
やがて、多数の人々が信じるようになるのです
真偽を多数決で決めたら科学ではありません
私は民主主義の概念の中で、言論の自由を重視します
言論の自由が無ければ、多数の横暴がまかり通り
もはや民主主義ではなくなるからです
あくまで、個人の自由が確立した上での民主主義なのです
共産主義やファシズムは、多数決原理を盲信するニヒリズムです
彼らがそれを民主主義と呼ぶのは、とんでもない欺瞞です
科学の例が明らかにするように、多数決では真理に到達できません
多数決は、あくまで、最後の手段なのです
民主主義の根幹は個人の自由です
一人一人が、自由に行動し、思考するから、真実が見えるのです
真実や真理は、誰かから強制されて認識するものではありません
あくまで自由意志で、一人一人の人間が認識するのです・・・信じるのです
何よりも大切なのは”自由”なのです
そして”自由”を現実的に担保できるのは
”土地の私有制”
なのです
そして、自由の無いところに、民主主義は存在できません
一人一人の人間が、自由に見たり聞いたり考えたりできなければ
民主主義の原理である多数決は、間違った方向に進むでしょう
多数決が正しいのではありません
いくら考えても、正しい答えが出ない場合、多数決で決するしかないのです
なるべくなら、多数決など採らず、誰もが正しいと思われる決定がなされるのが望ましいのです
なんでも多数決が正しいとしたら、一種のニヒリズムです
科学的真理などは、初めは、少数者の主張から始まります
実験と観測を積み重ねながら、少しずつ賛同者が増えていき
やがて、多数の人々が信じるようになるのです
真偽を多数決で決めたら科学ではありません
私は民主主義の概念の中で、言論の自由を重視します
言論の自由が無ければ、多数の横暴がまかり通り
もはや民主主義ではなくなるからです
あくまで、個人の自由が確立した上での民主主義なのです
共産主義やファシズムは、多数決原理を盲信するニヒリズムです
彼らがそれを民主主義と呼ぶのは、とんでもない欺瞞です
科学の例が明らかにするように、多数決では真理に到達できません
多数決は、あくまで、最後の手段なのです
民主主義の根幹は個人の自由です
一人一人が、自由に行動し、思考するから、真実が見えるのです
真実や真理は、誰かから強制されて認識するものではありません
あくまで自由意志で、一人一人の人間が認識するのです・・・信じるのです
何よりも大切なのは”自由”なのです
そして”自由”を現実的に担保できるのは
”土地の私有制”
なのです