私は、自分のことを、21世紀を代表する思想家であると考えることがあります
私の考えていることが、現代社会の本質的問題であり
きわめて現実的だからです

そこで、今日は、私の思想の基礎的部分を少しお話しましょう

私は、現代社会の本質は個人の自由だと考えます
そして、個人の自由こそ、民主主義の基礎であると考えます
これは、何の独創性もない、いたって平凡な考えです
この考え方に、正面から反対する人は少ないでしょうが
特別、感銘を受ける人もいないでしょう

私の思想の独自性は、この先です
私は、個人の自由を担保するものは
法律や社会制度ではなく、私有財産権であると考えるのです
私有財産権を否定するような法律や税制のある国では
どんなに立派な理念、言論の自由や民主主義を謳っていても
それは絵に描いた餅であると考えるのです

ここまでも、ある意味では常識の範囲かもしれません
この先から、私の独創性のある思想が始まります

私は私有財産の起源を”道具”の発生に求めます
そして”道具”とは”肉体の延長”と考えます
ナイフやハンマーも、車椅子や眼鏡も、肉体の延長です
所有者の生命と生活を維持するための重要な要素なのです

富士山の景色だって、観光業者にとっては”道具”です
身も蓋もない表現になってしまいますが”金儲けの道具”です
生活のための、無くてはならぬ道具です

田も畑も、農家にとっばかりでなく、人類にとって食糧生産のための道具です

道も港も道具です
そして海洋もまた、人類にとって、海産物生産のための道具なのです

道具の概念は際限なく広がります
それはまた、財産権の広がりでもあります
人類は、地球上のいたるところに財産権を主張し
お互いの縄張りを決めないかぎり、国際紛争に発展せざるを得ない状況になっています

財産が肉体の延長である以上
ここを犯されることは、肉体を損傷させられることであり、生命の危機となります
財産を守るためには、命がけで闘わなければならないのです