お金を使うことに、私は罪の意識を持ちます

元々の性格が吝嗇なのか浪費家なのか、自分でも分りません
人によれば、私はよく金を使うということになりますし
自分では、けっこうケチな方だと考えています

衣食住を満たし、子育てにも十分な収入があるとなれば
その後は、自分の遊びや趣味の世界にカネを使うことになります

家族を抱えると、それなりにお金が必要です
相当な収入があっても、出ていくものも多いものです
独身で子供もいなければ、収入は少なくとも
それなりに遊びや趣味に使うお金はあります

私の場合、遊びや趣味に使うお金は、多少あります
世間の多くのサラリーマン諸君に較べれば、若干、余裕があるかもしれません
それでも、銀座などで、お金を使ってしまいますと
罪の意識を持つのです

こんなことに大金を使ってしまっていいのだろうか?

・・・そんな疑問が湧き起こるのです

自分を許せない気持ちになるのです
お金を捨てているような気分になるのです

私は、お金を使うこと自体は、正しいことであると、いつも考えています
本当に、心を鬼にして、お金を使うのです
そうしなければ、世の中の景気は良くならないと信じているからです

お金を使うことは正しいという思いと
お金を使うことに罪の意識を感じることと
二つに引き裂かれた思いを、私は、自分が遊びにお金を使うことに抱くのです

散財という言葉があります
お金をたくさん使うと、この言葉を実感として感じます
まさか、財産を売り散らしてしまうほど、お金を使うわけではないですけれど
沢山お金を使った時は、財産を散らしたような気分になるのです