私は徳田虎雄氏を、あくまで擁護したいです
しかしながら、猪瀬直樹氏は、まったく擁護する気がありません
彼は早く辞任すべきです
先日、あらためて猪瀬氏の著書を読みました
「ピカレスク」と題する太宰治伝です
読み物としては、それなりに面白く、最後まで読み通しました
文学論として話になりませんが・・・
この本は、文学論としても評価されていて
井伏鱒二の本質を抉る文学論であるというような評価をする人もいました
井伏鱒二の作品の多くが盗作であるというものです
そのような解釈をする人は、作品の独創性に拘り過ぎるのです
作品は面白ければよく、盗作を過剰に厳しく問えば
資料を基にした伝記的作品を書くことが困難になってしまいます
太宰治や井伏鱒二は、他人の日記や記録を基に、彼らの代表作を書いています
そのネタをばらしたのが猪瀬作品なのです
作品が優れていることと
それが誰かの日記や記録や作品を土台にしていることとは
切り離して考える必要があります
極論すれば、作品は、基にした資料より面白ければいいのです
それが文学における創作というものです
古今東西、そういうことは繰り返されてきました
太宰治が遺書の中で井伏鱒二のことを
「井伏さんは悪人です」
と書いたのは
井伏が盗作ばかりしていることを指したのではなく
自分の精神病院入院の件を作品にして発表していたことを後から知ったからです
これ以後、太宰は井伏鱒二を信用しなかったはずです
誰だって、こんなことをされたら、相手を悪人と思うでしょう
猪瀬直樹は、豊富なエピソードを集めますが
それを自分の思惑通りに勝手につなぎ合わせる手法で論理を展開します
猪瀬の論拠は、人は常に金銭欲や名誉欲のために行動するというものです
その結果、芸術性という、作家にとって最も重要な要素がすっぽり抜け落ちてしまいます
津軽の裕福な名家に生まれた太宰治は
作家を目指すような生活をしたがために
不名誉なことをしてしまったり、経済的に追い詰められたりしたのです
それが、猪瀬直樹にかかると
”太宰治は、金や名誉のために、小説を書いたり、本を出版したりした”
・・・という解釈になるのです
これでは本末転倒です
小説に無縁な読者なら、フムフムと頷くかもしれません
しかし、太宰ファンの読者でしたら、バカバカしくて反論する気にもなりません
まるで週刊誌の暴露記事のレベルの解釈です
そう思っていたら、なんと、この本自体が、週刊誌の連載を纏めたものでした
つまり、対象とする読者は、はじめから週刊誌の読者だったのでした・・・
しかしながら、猪瀬直樹氏は、まったく擁護する気がありません
彼は早く辞任すべきです
先日、あらためて猪瀬氏の著書を読みました
「ピカレスク」と題する太宰治伝です
読み物としては、それなりに面白く、最後まで読み通しました
文学論として話になりませんが・・・
この本は、文学論としても評価されていて
井伏鱒二の本質を抉る文学論であるというような評価をする人もいました
井伏鱒二の作品の多くが盗作であるというものです
そのような解釈をする人は、作品の独創性に拘り過ぎるのです
作品は面白ければよく、盗作を過剰に厳しく問えば
資料を基にした伝記的作品を書くことが困難になってしまいます
太宰治や井伏鱒二は、他人の日記や記録を基に、彼らの代表作を書いています
そのネタをばらしたのが猪瀬作品なのです
作品が優れていることと
それが誰かの日記や記録や作品を土台にしていることとは
切り離して考える必要があります
極論すれば、作品は、基にした資料より面白ければいいのです
それが文学における創作というものです
古今東西、そういうことは繰り返されてきました
太宰治が遺書の中で井伏鱒二のことを
「井伏さんは悪人です」
と書いたのは
井伏が盗作ばかりしていることを指したのではなく
自分の精神病院入院の件を作品にして発表していたことを後から知ったからです
これ以後、太宰は井伏鱒二を信用しなかったはずです
誰だって、こんなことをされたら、相手を悪人と思うでしょう
猪瀬直樹は、豊富なエピソードを集めますが
それを自分の思惑通りに勝手につなぎ合わせる手法で論理を展開します
猪瀬の論拠は、人は常に金銭欲や名誉欲のために行動するというものです
その結果、芸術性という、作家にとって最も重要な要素がすっぽり抜け落ちてしまいます
津軽の裕福な名家に生まれた太宰治は
作家を目指すような生活をしたがために
不名誉なことをしてしまったり、経済的に追い詰められたりしたのです
それが、猪瀬直樹にかかると
”太宰治は、金や名誉のために、小説を書いたり、本を出版したりした”
・・・という解釈になるのです
これでは本末転倒です
小説に無縁な読者なら、フムフムと頷くかもしれません
しかし、太宰ファンの読者でしたら、バカバカしくて反論する気にもなりません
まるで週刊誌の暴露記事のレベルの解釈です
そう思っていたら、なんと、この本自体が、週刊誌の連載を纏めたものでした
つまり、対象とする読者は、はじめから週刊誌の読者だったのでした・・・