私が塩竃に行く目的は
復興の道筋を示すばかりでなく
今後の津波対策を具体的に示すことにあります
現実の問題は
行政と折衝し、こちらのプランを示し
復興資金を要請しなければなりません
ただし借入となれば
当初こそ、金利の減免措置など、提示されるのでしょうけれど
借金は借金なのですから、注意が必要です
事業としての採算性が厳しく問われます
そうなれば、事業者の自由は尊重されなければなりません
事業を強制された上に赤字の責任をとらされてはかないません
公的資金と言うものは、この点が融通が利かないケースが多いのです
金を貸すという立場に立つと、人は尊大になるものです
しかしながら、事業の採算性を見極めるのは、貸し手の責任でもあるのです
私のように、事業のため、金を借り続けた人間に言わせますと
金を借りて、金利と元本を払い続ける方が、ずっと偉いのです
そういう事業者がいるからこそ、金融機関は存続できるのです
金を貸すから、事業としてやれと言われれば
復興事業といえども、私は事業としての採算性を第一に考えます
ただし私には、私なりの信念があります
復興との関わりが無いものや
自分がやらなくても、誰かがやりそうなことはしません
復興の道筋を示すばかりでなく
今後の津波対策を具体的に示すことにあります
現実の問題は
行政と折衝し、こちらのプランを示し
復興資金を要請しなければなりません
ただし借入となれば
当初こそ、金利の減免措置など、提示されるのでしょうけれど
借金は借金なのですから、注意が必要です
事業としての採算性が厳しく問われます
そうなれば、事業者の自由は尊重されなければなりません
事業を強制された上に赤字の責任をとらされてはかないません
公的資金と言うものは、この点が融通が利かないケースが多いのです
金を貸すという立場に立つと、人は尊大になるものです
しかしながら、事業の採算性を見極めるのは、貸し手の責任でもあるのです
私のように、事業のため、金を借り続けた人間に言わせますと
金を借りて、金利と元本を払い続ける方が、ずっと偉いのです
そういう事業者がいるからこそ、金融機関は存続できるのです
金を貸すから、事業としてやれと言われれば
復興事業といえども、私は事業としての採算性を第一に考えます
ただし私には、私なりの信念があります
復興との関わりが無いものや
自分がやらなくても、誰かがやりそうなことはしません