言論統制というものは
言論の自由を国是とする民主主義国家では
してはいけないものです

日本に言論の自由があることは確かです
私が、こうして自由な言論をブログに発表できるのも
日本に言論の自由があるからこそ、なのです

中国と北朝鮮は、言論の自由がありません
とはいえ、インターネットや携帯電話の普及は
権力による言論統制を揺るがしています

言論の自由は、否応なしに、世界の一つの流れになっています
長い目で見れば、このことは、人類に大きな恩恵をもたらすでしょう

しかしながら、中途半端な言論の自由は
けして、人々を幸せにはしないでしょう

中国や韓国のように
日本を批判する言論の自由だけが放任されている国々は
言論の自由が、経済摩擦や戦争を引き起こす要因となりかねません

自由にみえる言論も
何者かにコントロールされている可能性があります
あるいは、当局が、何かの意図をもって民衆に流した情報が
当局の意図とは、まったく関係の無い方向へ、民衆を暴走させる可能性もあります

事実をいくら突きつけられても
事実が、直ちに真実に行き着くわけではありません
まして、真相に達するとは限りません
意図的に明らかにされる事実は、却って、真相を隠すために使われます

ここに、言論の自由だけでは解決しない深い問題があります

ある民族が、言論の自由を獲得するためには
政治の民主化の他に、歴史的経験の積み重ねが必要です
事実を尊重し、正しい記録を残す習慣と制度が形成されていなければいけないのです
広範囲の正しい事実の記録が、真実の歴史を作ります

すなわち
民主主義国家とは、正しい記録を持つ国家であり
それによって、はじめて、正しい歴史を持つ国家となるのです
逆に言うと、民主主義でない国家は、権力者に都合のいい歴史しか残せません

アジアには
日本のように民主主義や言論の自由の歴史を持つ国はありません
アジア諸国との歴史論争が、常に不毛になる理由が、ここにあります